俺たちの武勇田
香美町小代区貫田地区

イノシシに負けるな! 史上最大の被害

棚田での米づくりには、棚田で行う作業ならではの苦労が伴う。
まずは水の管理だ。うへ山の棚田は、山の湧き水を田んぼに引いているため水量が一定しない上、地形的に水が入りやすい田んぼと入りにくい田んぼがあり、米づくりに必要な水を効率よく行き渡らせることに苦心した。また米づくりは、田んぼに水を張るのと同じくらい、水を抜く作業も重要だ。稲刈り時などには、田んぼから水をきっちり抜ききる必要があり、水はけの良い田んぼづくりが求められる。武勇田では、コンクリート製の水路に改修するなど、整備に時間をかけて一つひとつの課題に対応。今でも、水路の改修は続いている。
さらに棚田は中山間地にあるため、田んぼの形がいびつなうえ面積も小さく、大きな農機具が入れないため作業が非効率。傾斜が急なのり面は草刈りにも手間がかかり、維持管理に大きな労力を要する。兼業農家が大半を占める武勇田では、農作業に費やす時間の捻出にも苦心している。
そんな中、10年間で最も苦慮したのは、野生害獣による被害だった。
「田んぼのぬかるみがひどくて稲刈り機が使えず、ドロドロになりながら稲を刈った年や、風で稲が倒れてしまった年など様々な苦労はありましたが、一番ショックだったのは、イノシシに田んぼを荒らされ、壊滅状態になった令和元年でした。」と小林さんが振り返る。 その年は、稲がきれいに立ち並び、スムーズな稲刈りができるはずだった。しかし刈り取りを目前に、田んぼはイノシシに掘り返され、収穫できるはずだった米はほとんど残されていなかった。例年、害獣には悩まされてきた武勇田だったが、史上最大の被害を被ってしまったのだった。その後、害獣対策として、すべての田んぼの周りに柵を立て、フェンスで囲む作業に一年を費やしたという。
一方、そんな苦労を重ねた中で、うれしい出来事もあった。

 

武勇田の米は、みんなの心をつなぐ米

令和元年に開催された、お米の食味コンテスト「おいしいお米ミーティングin 香美町(*)」で、武勇田メンバーの田尻晃さんのお米が、優秀賞(香美町議会議長賞)を受賞したのだ。
「うちの田んぼは、武勇田でつくる田んぼとほぼ同じ場所にあります。入賞をきっかけにおいしいお米がとれる棚田だと認められれば、『自分たちがつくる米はいい米なんだ』という自信になり、みんなのモチベーションが上がるのではないかと思いました。米づくりを続けていくためには、お米の価値を上げることが大切です。
これをきっかけに、武勇田のみんながハッピーになってくれたらいいなと思っています。」と田尻晃さん。
「武勇田の米を買ってくださる方が『もうこのお米しか食べられない』とリピートしてくださったり、温泉旅館のお客様が『カニもうまかったが、米がおいしかった』とおっしゃったり。ストーリー性だけでなく味に評価をいただけたことで、我々も自信をもって米づくりに取り組めます。」と小林さんも話す。
さらに、武勇田として活動を始めてから地域の中にも変化が起きた。異世代の人たちが顔を合わせる機会が増え、コミュニケーションが活発になっているという。
「例えば40代と20代など20歳も年齢が離れていると、会話をする機会もお酒を酌み交わす付き合いも、日頃はなかなかありません。でも武勇田の活動を終えメンバーでお酒を囲むことで、通りかかった人たちに『久しぶりやな』『こっちへ来て一緒に飲もう』と、声をかけることが増えました。地区の若者たちと話すきっかけが生まれ、少しずつ心が通じ合うようになれたんです。すると、田んぼを手伝えと言わなくても、『この日は草刈りをします』と連絡を回すだけで、『この日は、あの人とあの人は参加できないはずだから、自分が行かないと大変だ』とみんなが考え、自然と田んぼや地区の活動に関わるようになりました。それが一番の収穫じゃないかと思います。」
武勇田の活動には、指示も命令もいらない。なぜなら、大きな二つの軸があるからだ。

 

*おいしいお米ミーティングin香美町:香美町農林水産課が主催する、お米の食味コンテスト。生産者の高齢化や担い手不足といった香美町の米作りの課題を解決するため、町内の消費者や生産者に再発見・再認識してもらい、栽培意欲と栽培技術の向上につなげる機会としている。

 

武勇田のお米

イラストや写真つきで見た目にも鮮やか


国際ワークキャンプ

関わる人がどんどん増える武勇田


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