俺たちの武勇田
香美町小代区貫田地区

できることをやれ! とことん楽しめ!

ひとつは、「できる人が、できることを、できる時にやろう」という姿勢だ。武勇田には、リーダーがいない。作業の流れを把握している人が連絡を回し、スケジュールが合う人が参加する。固定した役割も、参加の義務も敢えて設けていない。 「『あいつ来ないな』という雰囲気をつくらないようにしようと、最初にみんなで話し合った」と話す小林さん。水の管理を引き受けている人、田植えは率先して参加する人、稲刈りの時期には顔を出す人、地元の小学校の授業で武勇伝の取組を話す人……。それぞれが自分の役割をこなしている。 もうひとつは、「どうせやるなら、楽しもうや。」の精神だ。しんどい農作業も、「楽しめる要素をみんなでつくってきたことで、今の武勇田がある」という自負がある。 田尻晃さんは「例えば草刈り。暑いし雨が降ってきたらぬれるし、本当はすごくいやな仕事だけれど、刈り終えた時『あぁ、きれいだ!』って気持ちよく終われたら、草刈りを肴に飲み合う楽しみ方もあります。消防団の活動も、ワイワイ言いながらおもしろおかしく一生懸命取り組んでいれば、みんなついてきてくれます。 楽しんで、楽しんで、活動している私たちを見て、楽しそうだと思って入って来てくれる。大変な思い以上に、楽しい思いができるスタイルづくりが必要だと思っています。」と話す。 しんどい活動の締めくくりは、みんなで囲む酒席。大人たちが集まると、遊んでいる子どもたちも集まってくる。握ったおにぎりを差し入れに母親たちが顔を出し、全員が同じテーブルを囲む。時にはゲストハウスの宿泊客も加わり、コミュニケーションの輪が広がっていく。武勇田の米づくりは、村づくりへとつながっているのだ。 そんな武勇田が、これから思い描く貫田地区の未来とは?

 

田んぼをフェンスで囲んでいる様子

イノシシなどから田んぼを守るため、
作業にかかった期間はなんと1年間!


みんなの笑顔を、次の世代に引き継ごう

「若いもんみんなでつくるのはええけど、あの親父が『ええで』って言うかいな?」 頑固者で通っていた地主の清松さんとの交渉から始まった、武勇伝の米づくり。清松さんの「ええで」のふたつ返事で話がまとまり準備を始めたメンバーたちに、地区の年配者たちはアドバイスをしながらも「若いもんらがすることは、続いたりしやへん。」と口にしていたという。
清松さんは、武勇田がつくった初めてのお米を見届けることなく帰らぬ人となり、新米は仏前に供えられた。それから10年。今では地区のみんなが、武勇田の活動を喜んでいる。
「清松っつぁんは、田んぼの様子を見に行っては『できとる、できとる』と喜んでくれていたそうです。上の世代の人たちの頃は、今の我々のような関係性がつくれない時代だったのかもしれません。みなさんができなかったことを私たちができているのは、ありがたいことだと思っています。休耕田を出さずに耕作できる棚田は、棚田百選の中でもこれからどんどん減ってくると思うんです。武勇田のような取組を、次の世代が引き継いでくれたら。子どもたちにとって、自分たちの地区にたくさんの人が訪れることも、ここに生まれた誇りの一つになるはずですから。」と小林さんは話す。
「難しいことを伝えようとしなくても、楽しみながら取り組む姿を見せたらいい。子どもたちが大きくなった時、『父さんたちも、これが楽しかったんだ』とわかる時が来る。」という知人からの言葉を大切にしている田尻幸司さん。保育園児の頃から一緒に田んぼに通う中学2年生の長男は、田植えや稲刈りの手伝いにリーダーシップを発揮するようになったという。
「武勇伝は、この“おっさんたち”あってのもの。」と言い切る小林さん。
「このメンバーがいたら何だってできる。みんながいれば、怖いものなんてない。そんな集まりになっています。」と笑う田尻晃さん。困りごとができた時、SOSを発すれば即座に集まり、全員で解決に向かう武勇田。支えているのは一人ひとりの責任感と、互いの信頼関係、そして団結力だ。
「みんながおもしろおかしく酒を飲め、仲良くなれるのが一番。」と笑う田尻晃さん。
武勇田が守るのは、うへ山の棚田と貫田地区みんなの笑顔だ。

 

収穫後の記念写真

稲穂を手に、やり切った笑顔!


(取材日 令和3年10月10日)

俺たちの武勇田 活動の3つのポイント

  1. 「できる人が、できることを、できる時にやる」を活動の軸に据え、 誰でも気軽に参加できる仕組みをつくっている。
  2. 作業が終わればコミュニケーションの場を設け、 大人から子どもまで地区の住人たちが触れ合う時間を提供している。
  3. SNSによる発信を活用し、うへ山の棚田や武勇田米の認知度を高めている。

俺たちの武勇田のここが好き
「俺たちの武勇田のいいところ」

小林 良斉 (かずひと)さん


小林 良斉 (かずひと)さん

最初は、体力やモチベーションが続くだろうか、何年できるだろうと思っていました。懸念していた活動費は、農林水産省の「中山間地域等直接支払制度(*)」を利用できるようになり、害獣対策や水路改修の資材購入費に充てることができて助かっています。 今、インスタグラムを「#うへ山の棚田」で検索すると、すごいんです! 棚田の素晴らしい風景写真が、たくさん上がっています。特に、田んぼに水を張ったシーズン中は、パッと田んぼを見上げると、20人ほどの人が畔に並んで写真を撮影されています。 時々「耕作人です、きれいな写真をありがとうございます。また来てくださいね。」とコメントを入れると、「ありがとうございます! みなさんの耕作のおかげです」と返事をいただくなど、SNSでコミュニケーションを楽しませてもらっています。 こうした観光客の人、手伝いに来てくださるボランティアの人、地区の子どもたちなど、ちょっとずつ、ちょっとずつ、いろんな人が関わって充実した活動になり、武勇田も棚田も貫田地区も発展していったらいいなと思います。いろんなことが、少しずつ進化していくのを楽しみたいと思っているんです。

田尻 幸司さん


田尻 幸司さん

うへ山の棚田の美しい景観を、このまま守りたい。それが、私の一番の参加理由です。私たちの世代が中心となって米づくりに携わることで、これから10年、20年と、守り続けてゆけたらと思っています。 私個人の目標として、まずは毎年収穫する米をしっかり販売すること。「うへ山の棚田」や「武勇田」といった名前が広まることで、米も地域も人も知名度が上がり、米の価値の高まりや地域の誇りにつながると思うんです。 そのためにも、今、武勇伝ブランドの米の販売サイトを開設するため、準備に取りかかっています。最近、メンバーの奥さんたちもすごく協力してくれるようになったので、インターネットが得意な人の力を借りて、少しずつ準備を進めています。 棚田の景観やおいしい米、子どもや奥さんたちの協力も自慢ですが、やっぱり武勇田といえば“おっさん”たちの団結力。「来週、草刈りするぞ!」 ってSNSで連絡が回ると、みんなが出てきてくれます。一番の自慢です。

田尻  晃 (ひかる)さん


田尻  晃 (ひかる)さん

父が亡くなった後、家の田んぼを放棄田にしてしまっては隣近所の迷惑になるため、見よう見まねで米づくりを始めて4年になります。武勇田に参加していなければ、自分でつくろうとは思いませんでした。令和元年には、たまたまコンテストに入賞しましたが、今も実感はあまりありません。 武勇田には、話が持ち上がった最初から参加しています。当時は、米なんてつくったこともないし、農業自体にプラスのイメージを抱いてはいませんでした。ただ、棚田を維持し、景観を保全することの必要性は感じていたんです。だから、話し合いの中で「みんなでやろう」という雰囲気が生まれ、その場にいた大部分の人が前向きでいると分かった時、私もみんなと一緒に米をつくることに決めました。実はイネ科アレルギーなので、ちょっと不安もあったんですが(笑)。今ではどっぷりと活動にはまっています。 武勇田メンバーは、一人ひとりの知識や技術が豊富です。どんなことも、みんなの知恵と技と力を合わせて何とかしてきました。みんなで楽しく米づくりができて、おいしいお酒が飲めたらいい。うへ山の棚田は、みんなが笑い合って暮らすための存在なのかもしれないと思っています。


*中山間地域等直接支払制度:農業の生産条件が不利な地域で農業生産活動を継続するため、「農業の有する多面的機能の発揮の促進に関する法律」に基づき、国や地方自治体が実施する支援制度。 農業生産活動が、洪水や土砂崩れを防ぐ、美しい風景や生き物のすみかを守るといった効果をもたらす重要性に着目して、国が費用の半分を負担し地方自治体を通じた支援を行っている。

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