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支え続けた子どもの食事は4,000食!
地域みんなの居場所を目指す「こども食堂」
支え続けた子どもの食事は4,000 食!
地域みんなの居場所を目指す「こども食堂」
静かだった福祉センターに、子どもたちの元気な声が響き始めた。こども食堂ペイフォワード(以下、ペイフォワード)のオープンだ。兵庫県内で運営されているこども食堂は298カ所(令和3年7月末現在、県地域福祉課調べ)。
その中で5年以上の長きにわたり、休むことなく毎週開き続けるペイフォワードのような食堂は、そう多くはない。新型コロナウイルスに伴う緊急事態宣言発令時には、休止せざるを得なかった食堂に代わり、休校により昼食のない子どもたちに手作り弁当を配達。ボランティア学生たちへも食材支援を行うなど、精力的な取組を続けてきた。
子どもの貧困対策をイメージされがちなこども食堂だが、ペイフォワードでは「子どもを中心に多世代が交流するための地域の居場所」と位置づけ活動を続けている。
【NPO法人ペイフォワード】
平成28年11月、子どもたちの新たな居場所づくりを目指す地元の有志が集まり、こども食堂ペイフォワードを設立。様々な事情により一人で食事をする子どもたちへの食事提供を中心に、学習支援やイベントなどに取り組んでいる。運営に携わるのは、地元の大学生や高校生も含めた市民ボランティア。活動を支えるのは、市民や市内・市外事業所からの寄付や、自治体の助成金や交付金。子どもだけでなく、大人も高齢者も集える地域の交流拠点として開き続けている。
*毎週土曜日 17時~20時(食事は18時~)
*加東市社福祉センター内 1階和室ほか(加東市社26)
始めるなら10 年間は続けよう
「電車に乗っていて、目の前にお年寄が来られたら『どうぞ』と席を譲る感覚です。何かしたいなと思っていたタイミングで、目の前にやって来たのがたまたまこども食堂だったんです。」
NPO法人ペイフォワードの発起人であり理事長を務める日下伸一さんは、こども食堂を始めようと思った理由をにこやかに語った。
多くの子どもが集う施設のレストランで料理人として働いていた日下さんが、こども食堂の存在を知ったのは平成28年のこと。
「私にとって子どもと食事は、とても身近なもの。料理を作ることなら自分にもできると思ったんです。」
「思い立ったらすぐ行動に移してしまう」と言う日下さんは、すぐ知人に相談。紹介されたのが黒田正憲さんだった。
初めて出会った日下さんに黒田さんがかけた第一声は、
「やめておくほうがいい」だった。
「『何でも自分一人だけでやりたいと思っているなら、始めないほうがいい』と伝えたんです。たとえ日下さんが病気になって料理が作れなくても、食堂がなくならないようにしておかなくては、子どもたちをぬか喜びさせるだけ。始めるなら10年間は続けようと言いました。」
黒田さんのアドバイスを、日下さんは素直に受け入れた。
「子どもたちのためにという奉仕の精神で、始めようと思ったわけではありません。ただ自分がやりたいと思ったことをしたかっただけです。先に差し出したことが、後から返ってくるのが経営。その延長線上に、地域貢献やボランティアという発想が芽生えてきたんです。」
10年続くこども食堂を目指し、日下さんと黒田さんはNPO法人の設立を決めた。
ボランティアは、それぞれの役割を担える人に
二人はこども食堂の立ち上げに際し、役割を明確にして人を集めることに取り組んだ。
「調理担当には調理を得意としている人を集めよう、子どもの世話をする担当には、子どもたちの相手をすることに慣れている人に参加してもらおうと決めました。面識がない人であっても、その役割をきちんと担える人を探しました。」と黒田さん。
その調理担当として参加している一人が、長年保育園で調理師として勤めていた臼井すず子さんだ。協力の依頼を二つ返事で引き受け、知人たちに声をかけて調理ボランティアたちの大半を集めた。
「こども食堂という存在は知らなかったのですが、調理師になる前は保育士として子どもたちとも接してきたので、お役に立てるならとすぐに参加を決めました。一緒に調理を担当してくださる人たちに支えていただき、続けることができています。みんなに喜んでいただけるのが何よりうれしいです。」
調理ボランティアの中には、地元の高校生たちの姿もある。黒田さんが様々なイベントを通じて知り合った高校教諭に依頼したところ「生徒たちの勉強になる」と快諾されたのだ。
「管理栄養士や調理師を目指している生徒さんもいて、現場での体験は勉強になると喜ばれました。私たちは調理についてアドバイスを差し上げ、生徒さんたちは子ども向けのかわいいメニューを提案してくれます。若い人たちと交流ができることも楽しみの一つです。」と臼井さんは話す。
一方、市内にある兵庫教育大学の大学生たちが手伝うのは学習支援だ。教師になる夢を抱く学生や、日本の社会や文化を知りたいという留学生、時には「子どもと接することが苦手なので少しでも触れ合う機会が欲しい」と訪ねてくる学生もいるという。
「こども食堂での経験が、教育実習で役立ったという学生さんもいました。様々な背景を持つ子どもたちとの触れ合いは、教師として教壇に立つ時、いい経験になると思います。」と日下さんは語る。
「マンパワーを集める苦労を尋ねられることもありますが、そんなに大変ではなかったんです。すぐに中核となるメンバーが揃い、その人たちのつながりでボランティアの人たちも集まってくれました。皆さんそれぞれの地域で活躍されてきた方ばかり。私自身はボランティア活動の経験がなかったので感動しました。加東市ってすごい、いい人ばかりだって。」
設立から5年。のべ3,000 人にのぼるボランティアたちに支えられ、拠点となる福祉センターの貸し館業務の休止期間以外、ペイフォワードのこども食堂は一度として休むことなく開かれている。
設立から支え続けた、のべ4,000 人の晩ご飯
こども食堂を利用する登録者は、加東市内の小中学生を中心に約50人。
令和元年10月~令和2年9月までの1年間では、35日の開催で、のべ693人が参加。一度だけ足を運んだ子どもから、イベントのたびにやってくる子ども、月に数回訪れる子どもまで、最近では1日あたり30 人ほどが利用する。
「初めて開催した日、利用した子どもは6人。加東市内の小学校や中学校を通して配布したチラシを見てやって来た子どもたちでした。その後は利用した子どもたちが友だちを連れてきたり、最近では社会福祉協議会が相談者に紹介してくださっています。」と日下さんは言う。
食事の提供と合わせ、力を入れているのが学習支援。
家庭で勉強する習慣を身につけるためのサポートを行っている。
「5分でも10 分でも、宿題をするだけでもいいから、家で机に向かう練習になれば。」と日下さん。特に新型コロナウイルスの感染拡大以降、学校の休校により勉強についていけなくなった子どもたちのために教材を用意するなど、学習にも工夫を凝らしている。また定期テストを控えた中学生の中には、ボランティアの大学生から熱心に指導を受ける姿も目立ち、成績が上がった生徒もいるという。
「こども食堂を始めた当初は、趣旨や存在意義がまだまだ知られていませんでした。お子さんだけでなく保護者の方にも食事を提供することに、周囲からの理解を得にくい時期もありました。父子家庭や母子家庭の保護者の方々は、仕事と子どもの世話とで精いっぱい。時には子どもを預け、自分のための時間を必要とする人もいます。地域の現状と団体の活動内容や機能を理解していただくまでに、ちょっと時間が必要でした。」と日下さんは振り返る。
スタートから5年が過ぎ、活動内容も充実しているペイフォワードだが、2年目を迎えた頃、存続のピンチに見舞われていた。
資金難を乗り越えて、生まれ始めた市民の温かさ
ペイフォワードが直面したピンチとは運営資金難だった。
市内の企業へ活動への寄付を依頼して回った結果、ある企業が協力を約束してくれた。
寄付金に加えボランティアとしても活動に参加するなど、温かな支援のおかげでピンチを乗り切ることができたという。
さらにもう1社、「野菜を届けたい」と申し出てくれた大阪府の企業があった。
「『支援をしたくて検索したこども食堂の中で、最も誠実に運営されていると感じたので最初に声をかけた』と言っていただきました。
毎週毎週、休むことなく活動を続けているこども食堂は、県内でもそんなに多くはないと思います。
そんな姿勢を評価していただいたのかもしれません。」と言う黒田さん。
その企業は、自社農場で採れたたくさんの野菜を、毎週こども食堂へ届けてくれるという。
企業からの寄付に加えて、運営資金として活用しているのが、「加東市ふるさと応援活動支援交付金制度(*)」だ。支援希望団体として登録することで、加東市への寄付金を原資とする交付金を受け取ることができる。
工夫と努力を積み重ねながら運営を続けるうち、地域にも変化が生まれ始めた。住民からの寄付が少しずつ増え出したのだ。加東市には、買い物時のレシートで寄付ができる仕組みを持つスーパーがある。レジ精算時に受け取ったレシートを、寄付しようと思う団体の箱に投函することで、レシート記載額の数パーセント分がその団体への寄付金になるというものだ。この数年間、こども食堂へのレシートの枚数が最も多いという。他にも「野菜がたくさんできたから」「パスタが一袋余分にあるから」といった個人的な寄付も届くようになり、こども食堂の存在を気にかける人が増えている。
そんな様子に黒田さんは「加東市にこども食堂があることをたくさんの方に知っていただくことで、何か新しい取組が生まれるかもしれません。
例えば、こども食堂を利用した新しい形態の教室です。3時から教室で習い事をした子どもを、5時になったら直接ペイフォワードへ連れて行き食事も済ませてしまう。その間、保護者の皆さんは送迎や食事の準備を気にせず、自分のために時間を使うことができます。」と語る。明るい未来への期待がふくらむ一方、日下さんと黒田さんは、子どもを取り巻く多くの社会課題に気が付いた。
*加東市ふるさと応援活動支援交付金制度: 公益目的の活動や地域活性化のための活動を行い、支援を希望する団体へ、加東市への寄附金を原資として交付金を交付する制度
こども食堂を、すべての子どもの居場所にしたい
ある時、3歳の子どもが兄たちと一緒にこども食堂にやってきた。親に送ってもらえず、近隣の町から真夏の炎天下を一時間半以上も歩いて来たことに、日下さんと黒田さんはショックを受けた。
「こども食堂を立ち上げる時、貧困やネグレクト(育児放棄) によって、食事を与えられない子どもたちがいるという地域課題など、全く頭にありませんでした。月曜の朝、お腹を空かせてフラフラの状態で学校に来る子どもが何人もいるという事実も、小中学校の校長先生と話をするまで思ってもみませんでした。こども食堂を始めていなければ、そんな子どもが地域にいることも知らないままだったでしょう。」と二人は振り返る。
一方、臼井さんは「保護者の方と『こんにちは』『ごちそうさま』といった言葉を交わす機会が少ないことが気になります。挨拶をしている親の姿を見せることも一つの食育。こども食堂はご飯を食べてもらう場だけではないはず。」と話す。
そんな臼井さんの言葉を受け、「こども食堂を、子どもたちの居場所にしてあげたい」と黒田さん。「貧困やネグレクトといった背景のあるなしに関わらず、昔の子どもたちにはたくさんのコミュニティがありました。約束をしていなくても、地元の神社に行けば誰かがいた。今思えば、あれが居場所だったと思うんです。今の子どもたちには、そんな場所がありません。そこに行けば友だちがいる、ご飯も食べられる。こども食堂がそんな居場所になりたいと、立ち上げ当初からずっと思っています。」
「学校と家庭の他にもう一つ居場所があり、そこが自分のことを受け入れ認めてくれる場所、いてもいいんだと思える場所であればいい」と語る日下さん。二人が思い描く、みんなの居場所としてのこども食堂とは?
多世代が交流する地域の居場所を目指して
こども食堂の運営に携わってきた5年間、日下さんには嬉しい出来事があった。
小学生の頃からずっと通っていたある生徒が、手伝いに来ていたボランティアの高校生に憧れ、同じ高校の同じ学科の受験を希望。学習支援ボランティアにつきっきりで勉強を教わり、見事志望校に合格を果たした。またある生徒は、中学を卒業後、今度は自らがボランティアとしてこども食堂へ足を運ぶようになった。
「本当に嬉しい」と喜ぶ日下さんが、団体の名前に込めた想いを明かした。
「ペイフォワードとは『恩送り』を意味します。私たちは日々誰かのお世話になって生きています。受けた恩をその人に返すことももちろん大切ですが、別の人に送っていけば、もっと幸せで素晴らしい世界になると思うんです。
成長した子どもたちが今度はボランティアとして、家族や友だち、地域の方に“ぺイフォワード”できる場をつくり続けたい。今はまず、子どもたちみんなが楽しくいられる場になること。その先で子どもたちと一緒に、私たち大人も成長していける場になればいいなと思っています。」
「活動の継続が目標であることに変わりはない」と話す黒田さん。そのうえで、もっと大きなコミュニティに育てたいと語る。
「食堂という機能だけでつながっている現状から、ひとつのコミュニティに広がってほしいと思っています。例えば、独居のお年寄りが子どもたちと遊ぶために来てくれるなど、多様性が生まれてほしい。経済力や能力、生活環境など、異なる背景を持つ人たちが共に行動し、一緒に生きてゆける『斉(ひと)しさ』のある世の中になってほしいです。」
地域の小さなこども食堂から、大きな夢が育ってゆく。
(取材日 令和4年1月8日)