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学び合いで、まちをつくる。
学び合いで、まちをつくる。
インドで主に食べられているのは、ナンではなくチャパティ⁉ 母国の文化を語るメンバーの話に、日本にいながら外国の日常に触れる楽しさを味わう芦屋浜の人たち。「共創」の言葉に込めるのは、「学び合い、お互いの力を活かし合うことが、まちづくりになる。」との想いだ。
【こくさいひろば芦屋】
外国からの方々へ向けた、地域日本語教室として発足した市民団体。2018年、新代表・三宅真理子さんのもと、地域の外国人と日本人が、一緒にまちづくりに取り組む市民団体に再編。多文化共創によるまちづくりを目指し、小・中・高校生から大人まで、15か国約60名のメンバーが、「学び合い」をテーマに様々な活動に取り組んでいる。2021年「第23回人間サイズのまちづくり賞」、2022年「令和4年度まちづくりアワード(功労部門)」を受賞。
「放課後」のような学習会
「加油!(ジャヨウ/頑張って!)再見!(ザイジェン/またね!)」
教室を後にしようとした2つの背中に、三宅真理子さんが元気よく声をかける。振り返った二人は、笑顔を見せながら帰路に就いた。
「明日、試験なので応援したくて。中国から日本に来てまだ日が浅いんですが、少しずつ日本語を話そうとする姿を見るとうれしいです。」と三宅さんが微笑む。
その日曜日も、地元小学校の教室を会場に学習会が開かれていた。中国、インド、ロシアなど、出身国も母語も様々な大人や子どもが集まり、大学生や社会人の日本人メンバーと一緒に、にぎやかに時間を過ごしていた。その様子は、まるで放課後の教室のようだ。
「教える、教えられる」「支援する、支援される」という関係とはちょっと違う、こくさいひろば芦屋の取り組み。そこにあるのは、対等な立場での「学び合い」だ。
子どもたちが、居場所を手に入れた
創設以来、在日外国人の子どもたちの学習支援が中心だった、こくさいひろば芦屋。三宅さんが学習会に参加し始めたのは、夫の仕事で移住していたパリから帰国後の2017年だった。外国人の子どもたちにとって、日本語で受ける学校の授業は難しい。にもかかわらず、学校と同じスタイルで勉強を教えることに、三宅さんは違和感を覚えた。
その教室で出会ったのが、当時小学5年生だったスペイン出身のモレイラ・エリダさんだ。絵を描いたり、写真を撮ったり、詩を創ったりすることが好きなエリダさん。「詩は心で読むもの。」と話し、生き生きと得意なことに向き合う様子に、三宅さんは「こくさいひろば芦屋の役割は、“学校”じゃない。」と気付いた。
勉強をさせるのではなく、一緒に取り組む。できないことを指摘するのではなく、できていることを見つけてほめる。一人ひとりの個性に興味を持っていることを伝える。そんな場所にしようと決めたのだ。
エリダさんも「活動が変わっていくのが楽しかった。学習会が、宿題をする場所から、私たち子どもの“居場所”になりました。」と振り返る。
「学びも遊びも、みんなが一緒に取り組むことで信頼関係が築かれ、日本語を学ぶ意欲も生まれるはず。」と考えた三宅さん。その背景には、活動の原点となった自身の体験があった。
「私たちも、地域の役に立ちたい!」
パリ在住時、地域の料理教室で日本料理の一日講師を務めたことがあった。身振り手振りを交えながらも、参加者たちに喜ばれ、地域の一員になれた気がした。その体験が、フランス語を学ぶ意欲につながったという。そして、その気付きは、こくさいひろば芦屋の新代表になった2018年早々に、実感することになった。
地域イベントでふるまう豚汁づくりを手伝うため、一緒に参加した外国人メンバーが「“ごぼう”の料理の仕方がわかった。」と喜ぶ様子に、地域イベントに参加することで、日本文化を直接体験できると気付いた。さらに、「私たちも地域に貢献できることがしたい。」という彼女たちの声を聞き、誰かの役に立つことが地域に溶け込むことにつながるのだと確信した。
「外国人も手伝う側、教える側に立てばいい。」
三宅さんは、こくさいひろば芦屋を、地域住人と外国人が連携しながら学び合う、まちづくり活動の団体と位置づけた。その活動の一つが、「コミスク」と呼ばれる地域組織の活動に参加することだ。
共に行事を楽しめば、まちづくりになる
「コミスク」(コミュニティ・スクール)とは、小学校の一部を地域活動などに開放することでコミュニティの創造を図り、一緒になってまちを盛り上げようという芦屋市独自のまちづくり活動だ。
こくさいひろば芦屋のメンバーも、夏祭りやラジオ体操、餅つきなど、季節ごとに開催される地域行事に積極的に足を運んだりしている。
また、こくさいひろば芦屋の自主活動として開催しているものもある。例えば、来日3年目を迎える中国人の唐清龍さんが教える太極拳や、小学生と大人がタッグを組んだ国際チームとして全国大会に出かけるペタンクも好評だ。
中でも、特に人気の高い取り組みが「スタンプラリー」。こくさいひろば芦屋の外国人メンバーたちが、各自の母国である15か国の国旗と母語による挨拶を書いたボードを手に、公園などに立つ。地域の子どもたちが、そのメンバーたちと、順番に挨拶を交わしていく。例えばブラジル出身のジュリアさんの元へやってきた子どもは、「Boa tarde ! (ボア タルヂ!/こんにちは)」とポルトガル語での挨拶を楽しむ。
こうして、地域とのコミュニケーションを深めるための様々な活動を提案する三宅さんが、「活動の転機になった。」と振り返るのが、エリダさんの存在だった。
外国人であることが「個性」になった!
「エリダが、地域の人たちに向けたイベントを始めるきっかけになってくれたんです。」
エリダさんと出会って間もなく、一緒に食事をした三宅さん。エリダさんの食べ方や姿勢の美しさに感激した。メンバーの宮後彰さんも「スペインの夕食は食べるためではなく、会話をするための場であることや、食事に2時間かけることなど、スペインの家庭での食事文化に驚きました。」と言う。
地域の人にも知ってもらいたいと、エリダさんにフォークとナイフの使い方のレッスンを依頼。『モレイラ・エリダさんのフォークとナイフの使い方レッスン』と名付け、地元の集会所でイベントを開催した。参加者の笑顔を見たエリダさんは、自分に自信が生まれたと話す。
「学校では外国人という枠の中に入れられ、言葉が通じないとみんな離れていってしまう。自分の個性って何だろうと考えた時、『外国人であることが個性』と思えるようになりました。みんなと違うからこそ、自分の得意なことを見つけ出すことができ、輝けることにも気が付きました。自分の軸を持てたきっかけが、こくさいひろば芦屋です。」
エリダさんの様子から「自分のアイデンティティを表現する場が必要だ。」と感じた三宅さんは、この取り組みを大人たちにも広げている。例えば、華道の講師をしているイスラエル人にフラワーアートを習ったり、コーヒーかすとアロマオイルのスクラブマッサージをロシア人に学んだりする。
インド出身のシュレシ・ヴェトさんには、「インドカフェ」の開催を依頼。シャツはオーダーメイドが一般的だというインドの生活文化に多くの人が興味を持ち、シュレシさんも「自分の国のことを話すのは楽しい。」と地域に溶け込んでいる。
国の文化ではなく、一人ひとりの個人が持つ文化を知り合うことで、多文化への関心が育まれ、互いへの理解が深まるという三宅さん。こうした取組は、地域にも少しずつ変化をもたらしている。
こくさいひろば芦屋が、役目を終える日
正月イベントが終わり、しばらく経った後日の会議でのこと。豚汁づくりを手伝ったのが、ヒジャブ(*)をかぶったインドネシア人とマレーシア人だったことから、主催者が「イスラム教の信仰者の方には、豚肉を入れない豚汁も作ったほうがいいよね?」と尋ねてくれた。
「お手伝いに参加した様子から、気付いてくださったのだとうれしくなりました。外国人が溶け込み始めた空気が地域に生まれることで、一人ひとりの意識や行動も前向きになるはず。そのためにも、こくさいひろば芦屋の活動が、日常生活の一部として続いていくことを大切にしたい。」と話す三宅さん。
「当たり前のように学習会に参加して挨拶を交わし、話を聴いてもらったり、食事を一緒に楽しんだりすることが、私にとって大切。ごく普通の日々が積み重なって、人とのつながりも生まれていくことが楽しい。」とエリダさん。
こくさいひろば芦屋が目指すのは、居場所づくりの場やイベントを開かなくても、地域住人と外国人とがいつの間にか仲良くなって互いの文化を学び合い、連携してまちづくりに取り組む「多文化共創」の社会だ。
最後に、三宅さんが言った。
「こくさいひろば芦屋のような団体が、存在しなくてもいいまち。日常生活の中で、外国人と日本人とが共に学び合える地域。それが理想です。」
*ヒジャブ:イスラム教徒が頭にかぶるスカーフ
(取材日 令和6年1月28日)