「鹿肉には、無限の可能性がある」という想いを込めて名付けたレストラン「無鹿(ムジカ)」。鴻谷佳彦さんは、その店名の通り、鹿肉との出会いから生まれる様々な可能性を一つひとつ活動に活かし、自分の経験と結果に結びつけてきました。その中でも「ライフワーク」と語るほど大切にしている取組が、高校生たちへのキャリア教育です。高校を卒業後、仕出し屋を営む父の後継者として料理で生きる道を選んだ鴻谷さん。「もし地元の企業や職業をもっと知っていれば、大好きだった釣りや機械いじりも選択肢の一つになり、人生の幅がさらに広がっていたかもしれません。」と振り返ります。自身の経験も踏まえて活動を続ける鴻谷さんに、お話を伺いました。
「鹿肉って、こんなに柔らかくておいしいのかと驚きました。ジビエ(天然の食肉)ならではの肉のにおいや硬さのイメージが、根底から覆りました。」
初めて鹿肉を口にした時の衝撃を語る鴻谷さん。
「鹿肉を食べたきっかけは、弊社が運営を受託した施設に、兵庫県森林動物研究センター(*)を訪れた研究者が宿泊し、私に鹿肉の試食を勧めてくれたことでした。ぜひ、このおいしさを広めたいと思いました。」
当時、丹波市では鹿による農作物の食害被害が深刻化。獣害対策として捕獲した鹿の肉を食用に活用するための解体施設も設立され、上質な鹿肉が手に入るようになっていました。
鹿肉のおいしい食べ方を研究するため、一年間、毎日鹿肉を調理して食べ続けた鴻谷さん。考案した1000種類のレシピをもとに、平成22年、丹波市に日本初の鹿肉料理専門店をオープンすると、自治体などから鹿肉の料理方法を教えてほしいと依頼が届くようになりました。
「鹿肉の消費量を増やすため、教室では鹿肉を使った家庭料理を教えていました。」
そんなある日、鴻谷さんのもとに関東のレストランから大量の鹿肉料理のオーダーが入りました。しかし鹿肉が足りず、希望に応えることができなかったのです。
「野生の鹿は家畜ではないので、害獣だからと言って肉が余っているわけではない。ヨーロッパではノーベル賞授賞式の料理に使われるほど、鹿肉は天然の高級食材です。いわば、晴れの席でふるまわれる天然の鯛のようなもの。余っている肉を消費するために食べるものではなかったことに気づきました。」
鴻谷さんは、レシピを100種類に厳選。料理レシピのコミュニティウェブサイトに丹波市の公式ページとして配信し、特産品として鹿肉をアピールしています。
そんな鴻谷さんのもとに、県内をはじめ県外の大学からも料理教室の依頼が届くようになりました。
*兵庫県森林動物研究センター:人と野生動物と森林等の自然環境との調和のとれた共存を目指し、科学的、計画的な野生動物の保全と管理(ワイルドライフ・マネジメント)を推進するために必要な科学的知見と情報を提供する兵庫県の施設。
鴻谷さんが運営する「無鹿リゾート」
「無鹿リゾート」の店内
大学での講義を通じ、鴻谷さんが学生たちに伝えているのは、命の大切さです。 「害獣として捕獲した鹿であっても、食べ物として粗末に扱ってはいけないと伝えています。鹿肉はおいしくないというイメージを持つ学生も多いのですが、おいしいことがわかると興味を持ってくれるため、命の大切さが伝わりやすくなります。家畜である牛や豚は食材として育てられているイメージがあるため、食べることが当たり前になりすぎています。野生の鹿肉を食べるのは、生きている命という視点から考える大切な機会。命を無駄なくいただくことは、動物に対しての礼儀だという話も理解してもらいやすくなります。」
そんな想いを子どもたちにも伝えようと、鴻谷さんは小学校の学校給食に鹿肉を取り入れてもらえるよう提案。給食メニューの考案に関わる人たちを対象に鹿肉の料理教室を開いたり、兵庫県森林動物研究センターの研究員に獣害の現状を説明してもらうなど、鹿肉を食べる意味を伝え、理解を求める活動を続けた結果、4年後にようやく給食メニュー化が実現したのです。
「小学校側でも授業に取り上げたり、家庭にプリントを配布したり協力してくださいました。地産地消の食材として、また丹波の特産品として、鹿肉を食べる背景や命への想いが伝わると、保護者の方々も喜んでくれました。学校給食が、命を無駄にしないというメッセージを込めた授業になったんです。」
その後、こうした取組が地産地消を広める活動として認められ、平成23年に農林水産省が選定する「地産地消の仕事人(*)」に選ばれた鴻谷さんは、6次産業化への関心を深めていきました。
「地産地消に成功している地域を見学したり研修を受けるうち、地産地消を推進するだけでは地域の活性化につながらないことに気づきました。例えば、今まで農作物を作って出荷するだけだった農業者も、こだわりという付加価値を生産物に加え、自分たちの手で販売までプロデュースする流れを作らなければ、第1次産業のような生産に携わる人たちは疲弊する一方だと感じたんです。」
鴻谷さんは「食の6次産業化プロデューサー(*)」の検定試験を受け、プロフェッショナルレベルであるレベル5に極めて近いレベル4に認定され、活動の場をいっそう広げていきました。
*地産地消の仕事人:地域の農産物の生産・流通・販売・加工・その他地産地消の取り組みに関する知見や経験を有する人。都道府県等からの推薦に基づき、農林水産省が選定する。
*食の6次産業化プロデューサー:生産(1次産業)、加工(2次産業)、流通・販売・サービス(3次産業)の一体化や連携により、地域の農林水産物を活用した加工品の開発、消費者への直接販売、レストランの展開など、食分野で新たなビジネスを創出するための職能レベルが認定される。
鴻谷さんが考案した鹿肉料理
鹿肉の料理教室の様子
食の6次産業化プロデューサーとして活動を始めた鴻谷さんに、地元の高校から「6次産業化」や「地産地消」に関する「起業経営」の授業を受け持ってほしいと声がかかりました。生徒たちが丹波の特産品を使った商品開発に取り組み、地域活性化につなげるというものです。鴻谷さんは、この授業の非常勤講師として、平成24年度から教壇に立ち始めました。
「例えば6次産業化の考え方は、工場での仕事にも当てはまります。新しく増えた作業が、消費者の役に立つためだと理解できるか、ただ作業が増えただけだと思うかでは、仕事の捉え方が全く違います。生産から販売までの流れがわかっていれば、製品の向こうに存在する消費者を想像できるので、新しい提案を生み出すきっかけにもなります。そんな考え方を身につけ、自分で考えて行動することの大切さに気付いてほしい。」
一生懸命だった鴻谷さんでしたが、初めて担当した授業は、受け入れてくれない一部の生徒を相手に大変な思いをしたと言います。
「茶化されたり話を聞いてくれなかったり、手を焼きました。しかし授業を重ねるうちに面白さに気づいてくれ、その子たちが一番積極的に参加してくれるようになったんです。今でも町で出会うと『あの時、先生から学べたので、大学の授業にも前向きに取り組めた』と言ってくれるのがうれしい。」と鴻谷さん。 さらに最近は、地元企業の若い経営者を講師に招き、キャリア教育の授業も行っています。
「高校生に生き方の幅を広げて欲しい。進路を決める際、地域にどんな企業があるのかわからないままでは、目標を持つこともできません。親や先生が薦める仕事以外にも、職業はたくさんあります。講師から、どういう仕事でどんな生き方をしてきた結果、今があるのかを聴けば、考え方や生き方を自らの手で構築し選択できる視点を得られるのではと思っているんです。」
こうした想いに共感する仲間たちと共に、平成30年、NPO法人Imagine丹波(*)を設立。現在は県内6つの高校で授業を行っています。
*NPO法人Imagine丹波:未来の丹波市を担う若者をはじめ、丹波市に関心を抱く人々に対し、教育に関する事業を通じてキャリア形成に寄与するための事業を行っている。
高校で授業を行う鴻谷さん
NPO法人Imagine丹波の活動の様子
様々な活動に取り組む鴻谷さんがもっとも大切にしていることは、続けることだと言います。
「高校卒業後に就職した料亭で周囲のレベルの高さを知り、一気に自分の調理技術の自信を無くしました。日々失敗しては怒られ、毎日辞めたいと思っていました。」
周囲の人たちに励まされながら5年間の修行を終え、地元で料理人として働き始めた鴻谷さんでしたが、Uターンから4年が過ぎた頃、大きな病に襲われました。
「医師からは、料理の仕事を辞めなさいと言われたんです。仕事を続けることをあきらめかけた時、相談した知人が『辞める前に悪あがきをしてみては』とアドバイスをくれたことで、とにかく辞めずに続けてみようと気持ちを切り替えることができました。あきらめなかったことで、宿泊施設の指定管理を受託し、鹿肉に出会い、料理教室や学校の講師を頼まれるようになりました。さらに食の6次産業化プロデューサーというキャリアにも巡り合いました。岐路に立ちながらも辞めずに続けたからこそ、すべての経験を無駄にすることなく活かせているんです」と鴻谷さんは言葉に力を込めます。
これから鴻谷さんが目指すのは、自らが中心となって取り組んできた「点」としての活動や考え方を、多くの人と共有し「面」に広げることです。
「丹波を、地産地消が強みだと言える地域に育てることが目標です。食の6次産業化プロデューサーの活動を通じ、鹿肉をはじめ地元の食材で丹波に人を呼べる商品を開発すると同時に、商品化に気づくための考え方を広げたい。そうした人材を育てるために、私はこれからも高校生たちに伝えていきたいと思っています。」
地域に意識を向けるきっかけは、野菜ひとつを手にすることから。それが自分の地域を誇りに思うことにつながると信じ、鴻谷さんは活動に取り組み続けます。
鹿肉を調理する鴻谷さん
「高校生に生き方の幅を広げて欲しい。」との思いを込めて、授業を行っている