加古川市出身の竹内茂雄さんは、大阪のイベント会社に就職した後、大阪府立青少年会館に勤務。土日が勤務日だったため、平日が休みだった。その休日に高砂市の学童保育を手伝っていた頃、NPO法人の設立に関わり、立ち上げと同時に事務局長に就任。学童保育の管理運営や青少年の健全育成事業など、子育て支援に取り組んでいる。
竹内さんは、青少年の育成を文化面から支援することを目的に作られた大阪府立青少年会館に勤務。高校生の頃、友人たちと映画を作った経験を持つ竹内さんは、その時味わったモノづくりの楽しさや達成感を、会館を利用する青少年にも体験して欲しいと思っていた。そこで、貸館の手続きなどの事務的な業務やイベント企画だけにとどまらず、利用者に「コンサートを開いてみてはどうか」と声をかけたり、音響、照明等の指導をするなど、経験を活かしたアドバイスで、コンサートやライブ、芝居の上演に結びつけられるようサポートした。めざしたのは、好きなことに情熱をつぎ込む「永遠の放課後」だった。
10年前、高砂市では、10の小学校ごとに空き教室を利用して、学童保育所が設けられており、その運営は、各学校の父母の会代表と指導員の代表で連絡協議会を組織して行っていた。指導員の都合がつかないことがあると、代わりのスタッフが必要になる。竹内さんは、知り合いに紹介され、指導員が欠勤した時のスタッフとしてアルバイトをするようになった。放課後を楽しく過ごさせてあげたいとの思いから、子どもたちと全力で遊び、成長する子どもたちの姿を見守ることにやりがいを感じていた。
協議会が運営する学童保育所は、子どもが大きくなると、親も世代交代し、運営をバトンタッチしなくてはならないが、後継者探しに苦労するなど、築いてきたものを次の世代に引き継ぐことが難しくなってきた。そこで、学童保育所をスムースに運営し、子どもたちにとってより良い環境を整えるために、協議会では、自分たちでNPO法人を立ち上げることを考えた。
週2回の割合で学童保育の仕事をしていた竹内さんは、立ち上げに関する書類作りを頼まれ、それ以降、法人化へ向けての事務手続きを任されることになる。平成18年3月にNPO法人の認可を受け、連絡協議会の代表だった久井志保さんを代表理事に「NPO法人 高砂キッズ・スペース」が誕生。同時に竹内さんは事務局長になり、1年後、大阪府立青少年会館を退職して、NPO法人の運営に専念することになった。
連絡協議会は、法人化するにあたって、学童保育所で子どもを預かるだけではなく、地域と共に安心して生活できるコミュニティづくりを推進するために、5つの事業を展開することとした。
これまでの学童保育所管理運営事業に加え、思春期相談やトライやる・ウィークの受け入れなどを通した青少年の健全育成事業、子育て中の保護者に対する相談支援事業、インターネットで青少年育成や子育てに関する情報の発信事業、子育て団体に対するコンサル事業の5本の柱を立て、活動を開始した。
相談業務では、竹内さんが取得した産業カウンセラーの資格が活かされている。次々にかかってくる相談の電話は保護者からだけではなく、各学童保育所のスタッフから「どのように対応したらよいか?」などアドバイスを求められることもある。学童になかなかなじめない子どもや特別支援学級に通う子どもへの接し方など、悩みは尽きない。「話をしているうちに日付が変わることもある」と言うが、竹内さんは、一人ひとりの悩みに丁寧に向き合っている。
高砂キッズ・スペースは、現在、高砂市内に13カ所、播磨町(指定管理を受託)に6カ所ある学童保育所を管理、運営している。「子どもたちを安全に預かることが第一であるが、子どもの成長期の大事な時間を、一緒に楽しみながら過ごしたい」と竹内さん。放課後、家に親がいないから仕方なく行くというのではなく、家に帰って「今日は、こんなことをしたんだよ。こんなことがあって楽しかった」と、笑顔で報告できるような学童にしたいと、子どもたちが全力で遊べる場づくりに余念がない。校庭で、安全性の高い素材のフライングディスクを使用してドッヂボールをするニューススポーツ「ドッヂビー」の教室を開催するなど、学童保育所と地域の子どもたちを結ぶ活動にも力を入れる。
「一生懸命働く母親の活力になるような、子どもたちの笑顔をつくる場所にしたい」
竹内さんは、NPO法人を立ち上げてから、青少年活動に関わってきた経験を生かして、体験事業やイベントなどを企画してきた。イベント等を通じて、他のNPO法人や地域の団体とのつながりが広がっていき、情報提供や物の貸し借り、イベント開催時の音響や照明の技術提供などをするようになり、共に活動する機会も増えていった。
他のNPO法人と協働して、田植えから稲刈りまで、1年を通した農業体験を実施。自分たちが植えた苗を守るために、人型を取って200体の案山子も作った。現在、協働していたNPO法人のスタッフが高齢になったことから、田植えや稲刈りは行っていないが、芋掘り体験をするなど、つながりは続いている。
また、年1回、子どもたちが企画してお店を開く「こどものまち」事業を、商店街の協力を得て実施している。仕事をしてお金をもらうことの大切さを子どもたちに知ってもらうとともに、シャッターの閉まった商店街に子どもたちの歓声が響くことで、まちが活気を取り戻すきっかけになって欲しいと企画した。
大人が用意した職業体験の施設や場所ではなく、商店街を舞台に、自分たちで企画運営する「まち」をつくるものだ。子どもたちはアイデアを出し合って事業計画書や予算書を作り、それぞれの役割を決めて、缶バッチを作って売ったり、雑貨屋やスイーツショップなど様々なお店を出す。売り上げや客足を気にしながら声かけをするなど、モノを売るための努力を重ねることによって、働くことのやりがいや楽しさを実感する。努力が報われ、良い結果が出たときの「ヤッター!」という声は、竹内さんたちスタッフにとって元気の源になっているという。
高砂市で始まった「こどものまち」は、役割分担やお店の資金繰りなど、子どもたちが既存の職業体験では味わえない“社会”を体験する機会になっており、今では加古川市や播磨町でも開催され、広がりを見せている。
平成23年1月24日、高砂市北部に位置する高御位山系で大規模な山火事が発生。1月29日に100haを焼失し、鎮火した。竹内さんは、高御位山に近い阿弥陀学童保育所の子どもたちと山に登り、このままの状態では土砂崩れをおこしやすいことを話した。「どうしたらよいだろう?」という問いに、子どもたちは「木を植えたらいい」と答えた。
そこで、阿弥陀学童保育所の子どもたちは、ドングリを拾い、12の学童保育所に配布。各学童保育所で、土の入った牛乳パックでドングリを発芽させ、それを高御位山に植樹するという活動を始める。県と市の協力を得て「たかみくらの焼け跡に小学生の子どもたちで、どんぐりの木を植えよう」というプロジェクトを立ち上げ、これまでに約200本の木の苗を植樹した。家庭で苗を育てたり、植樹を手伝ってくれる人も募集し、地域の自然再生に共に関わることによって、子どもたちと地域の人たちが交流する機会にもなっている。竹内さんは、「子どもたちが、ふるさとの美しい自然を取り戻す活動に参加しているという自覚を持ち、自分たちの住む地域を好きになってほしい」と願っている。
くせ毛のヘアースタイルから「もじゃさん」と呼ばれ、子どもたちに大人気の竹内さん。体験活動などで、「子どもたちができないこと、困難なことを克服した時に『すごいなぁ』と言える瞬間が至福の時」と、子どもたちの成長を間近でみれることに、日々喜びを感じている。
子どもたちの「できた!」「大成功!」と言う時の得意顔をもっと増やしたいと、ネイルアートやつまみ細工などにもチャレンジ。
「次は子どもたちと何をしようか?」
もじゃさんの楽しいこと探しは、休みなく続く。