目次
「文豪」が地域資源! 新たな温泉地文学で再興を
「おもしろいこと、今までになかったこと」へ挑戦を続ける温泉旅館の若旦那衆17名。平成25年、NPO法人「本と温泉」を立ち上げ、「城崎と文学」のPRに取り組んでいる。
平成25年は志賀直哉の城崎温泉来湯100年目にあたる記念の年。「歴史と文学と出湯のまち」城崎を知らしめる要素として、もう一度「文学」を見つめ直そうと「本と温泉」プロジェクトが始まった。
城崎温泉のイメージは「カニ」。しかし今は、取り寄せればどこにいても食べられるため、ブランド力の低下は否めない。「城崎温泉でしか体験できない楽しみとは?」と模索が続く中、生まれた発想だった。
「本を出す!?」。誰も経験のないアイデアに右往左往していた時、「ちょっとおせっかいをしてあげようか?」と知人に紹介されたのがブックディレクター幅允孝(はばよしたか)さん。
「本と温泉」の本は、城崎温泉に足を運ばなければ買うことができない。「本当に売れるのか?」という不安をよそに「城崎でしか買えない」という不自由さが注目を集め売れ行きは好調。合計3万部に達する勢い(平成29年10月現在)。
出版の新たな形「地産地読」
第一弾は『城崎にて/注釈・城崎にて』。浴衣の袖の中に収まる豆本サイズ。志賀直哉の原文に、仔細な解説や裏のストーリーが注釈として添えられている。版ごとに異なるカバーの色も人気の秘密。
「どこでも本が手に入る今の時代に、ここでしか買えないということがおもしろい。」 関西を舞台にした作品を発表し続ける人気作家・万城目学さんが企画に共感。『城崎裁判』を執筆。[写真:平成28年東京国際文芸フェスティバル・地域サテライトイベントにて]
第二弾の『城崎裁判』は、温泉に浸かりながら読書ができるよう、タオル地のブックカバーと耐水ペーパーが特徴。万城目さんは城崎に滞在し、実際にまちを探索することで物語を書きあげた。読めばまちを歩きたくなる、ガイドブックのような本。
第三弾は湊かなえさんが登場。城崎温泉は、昔からプライベートの骨休めに訪れる大切な場所という湊さんの作品は『城崎へかえる』。「執筆は、城崎温泉を好きでいてくれる方にお願いしたい」というメンバーの想いを、二つ返事で受け止めてくれた。
『城崎へかえる』の装丁はカニの殻をイメージし、色も手触りもリアルに再現。旅館「泉翠」では料理長と相談し、焼きガニを連想させるディスプレイに。遊び心でも読者をひきつける。[第51回造本装丁コンクール奨励賞および理事長賞受賞]
まちが書かせた、まちの中で生きる本
出版の目的は、たくさん本を売ることじゃない。本をきっかけに城崎のまちへ人が来てくれること。まちの新しい魅力を発見してくれること。そして、城崎温泉をもっともっと好きになってくれること。
「本を手に、まちを体験してほしい。外湯をめぐり、橋の上や柳の木の下で、のんびり本を読みながらリラックスした時間を過ごしていただきたい。」この出版で、城崎温泉の新しい楽しみ方が生まれたことを実感。
志賀直哉も、まちを散歩してご飯を食べ、昼寝をし、そこにある日々を元に本を書いた。城崎のまちがアイデアを与えていた。今回も、元からあるものを見つけ、生かしたもの。それもこのまちの持つ力の一つ。[写真:NPO法人副理事長・冨田健太郎さん]
このまちには、多くの作家たちを受け入れてきた器の大きさ、懐の深さがある。出版によって未来への道が開かれようとしているのも、そんなこの町の要素が生きているから。[写真:万城目氏も滞在した志賀直哉の定宿「三木屋」26号室]
ゆかたが似合う町並み。カニがおいしい温泉。城崎温泉ならではの魅力が、このまちでしか生み出せない本をつくらせた。これこそ、城崎温泉が秘めたパワー。[写真:豊岡市立城崎文芸館ロビー]
城崎温泉が愛され続ける「まち」であるために
「今日は『城崎裁判』5冊!」まちで出会うと土産物屋さんから発注がかかる。まちの人たちも一緒になって楽しんでくれているのがうれしい。
「まちのために頑張ろう。」 城崎温泉を支えるのは、先人から受け継いだ「共存共栄」の精神。まちのみんなで一緒に盛り上げる花火や縁日のように、本と温泉プロジェクトも、温泉街の誰もが自然にひとつになって取り組んでいる。
目標は、100年読み継がれる新しい本をつくること。「いいものは守り、変えるべきは変え、愛される温泉街になっていきたい。そんな魅力の底上げ役を、本が果たしていってほしい。」[写真:蔦屋書店 代官山BOOK DESIGN展2015にセレクトされた『城崎裁判』]
「僕たちがどういった想いでつくり、なぜ地元でしか販売しないのかを伝えていく。」後世に受け継ぎ、進化させ、100年読み継がれてゆく本を出版し続けるために。
入口の仕掛けはいろいろあるけれど、最後は物語を「あぁ、おもしろかった」と言ってもらいたい。それぞれの本に城崎温泉の楽しみ方を含ませていくためにも、温泉そのものの魅力を高め、時代に合ったアップデートを重ねていく。
グループ紹介
「また若いやつが、なんかやっとるで。」
いつもなら距離を置いて様子を探る土産物屋の主人たちが、今回ばかりは一気に近寄ってきた。観光客が店にやって来ては「『城崎裁判』ありますか?」と尋ねていくのだ。
「なんかすごいな。うちもちょっと欲しいわ。」「悪いけど、すぐ5冊持ってきて!」
そんなオーダーを受け、旅館の若旦那たちが温泉街を自転車で配達に走る。
平成25年、城崎温泉旅館経営研究会(通称「二世会」)の若旦那衆16名(平成29年10月現在17名)が立ち上げたNPO法人「本と温泉」(理事長・大将伸介さん)。人気作家の書き下ろし小説が城崎温泉でしか買えないという、「とがった」売り方が話題を呼び、ツイッターをはじめSNSで広がっていった。
「生半可な気持ちでは、中途半端なものしかできない。たくさんの人に支持してもらえるものを、つくりあげていかないといけないっていう想いは、みんな一緒」と話すNPO副理事長の冨田さん。委員会などの集まりは「緊張する」と言う。「それじゃ伝わらへんと思うよ。」 提案にも平気でダメ出しが飛び、夜中まで真剣に話し合う。「わざわざ声を上げて号令をかけなくても、みんな同じ方向を向いている」という一体感で、城崎温泉の盛り上げ役を果たしている。
90年前の北但震災で、温泉街は焼け野原となった。「なくなった街を『元に戻す』と決めた先人たちは、商売の場所というだけでなく、城崎温泉が持つ個性を大事にしたかったんだと思います。この温泉街を存続させていくために、僕らもそれを受け継ぎ守りながら、進化させていきます。」
失敗を恐れない! 若旦那衆の挑戦
二世会のいいところは、好きなことができるところだという。「今までにないような、おもしろいことをするのが僕たちの役目」という言葉通り、様々な取組みを行っている。そのひとつが平成28年の夏、インターンシップとして受け入れた学生たちの発案による「城崎温泉怪談祭『城崎怪団』」。城崎国際アートセンターの地下に「お化け屋敷」を登場させ、さらに温泉街のパレードや、怪談師が旅館の客室に出向く「出張怪談」を開催。温泉街の閑散期にもかかわらず、若い世代を中心に観光客が集まり、好評のうちに幕を閉じた。「城崎温泉の楽しみ方を増やしたい」という若旦那たちの想いは、確実に実を結んでいる。
城崎温泉街の魅力とパワーを、新たな視点で引き出す仕掛け人
「おもしろいことが広がるのは、これからです。今後、100年続けますって万城目さんと約束したから。」
そう言って微笑むのは、東京でブックディレクターとして活躍中の幅允孝(はばよしたか)さん。現在は城崎地域プロデューサーも務めている。
歴代の作家をただ展示する施設でしかなかった「豊岡市立城崎文芸館」を、平成28年にリニューアル。万城目学さん、湊かなえさんそれぞれと城崎温泉の関わりを紹介した企画展を開催。現代作家たちの目と思いから伝わる城崎温泉の魅力を、作家と共に楽しむスペースへと生まれ変わらせた。
城崎温泉と関わった作家たちに、アイデアを与え本を書かせる。そんな温泉街が秘めたクリエイティブなパワーを、ますます進化させようとする幅さんから目が離せない。