「薬局ってどこも一緒じゃないの?」 その質問に「いや、うちの薬局は違います」と、堂々と言えないことが恥ずかしかったと言う福田 惇さん。
「患者さんに健康を届け、元気になってもらえる薬局をつくりたい。でも、自分は本当にそんな薬局がつくれているのだろうか?」
煮え切らない気持ちを抱えたまま過ごしていた時、生きがいを見つけたことで、すっかり元気を取り戻していく高齢者たちに出会います。地元に根差す薬局としての重要な役割に気づき、進むべき方向を確信した福田さん。
「地域の人がやりたいことを表現できる場所をつくれたら最高だ!」
誰かのためにやらなくていい、無理してやる気を出さなくてもいいと話す福田さんが取り組む、コミュニティづくりについてうかがいました。
学生の頃から独立する夢を持ち、製薬会社に就職した福田さん。営業部に配属され、様々な病院を回る中で出会った漢方の魅力にひかれました。
「患者さんの体質と、その時の体の状態をもとに薬を組み合わせる、オーダーメイドのような調剤に興味を持ちました。薬の投与だけでなく、一人ひとりとのコミュニケーションを取り入れることで、患者さんを元気にしていくという漢方ならではの処方が、面白いなって。」
そんな漢方を扱うことで独立したいと考えた福田さんは、勤めていた会社を迷うことなく退職。漢方薬局への転職も決まった矢先、ある薬局が譲渡先を探している情報を耳にしました。
「その薬局を譲渡してもらえれば、すぐに独立できる!」
福田さんは内定の出ていた漢方薬局への転職を断り、薬局を譲り受けることを決心。
ところが、オープンした半年後、院外処方を請け負っていた隣の病院が移転したため、薬局を閉めることになりました。その後、別の病院の隣で新たな薬局をオープンさせたものの、しばらくしてその病院も移転してしまったのです。
「ほとんどの患者さんは病院に隣接する薬局を利用するため、病院の近くで開業することが一般的です。私の薬局は大通りに面しているわけでもなく、駅からもかなり遠くにあります。病院に近いからではなく、この薬局がいいからという理由で選んでもらえる薬局をつくらなくちゃいけないと思いました。」
そんな時、知人に誘われて聴きに出かけた「みんなで選ぶ薬局アワード」で、転機となる発表に出会いました。
「川口市の薬局の、ある薬剤師の先生の発表でした。薬局の隣にコミュニティスペースをつくり、地元の人たちと一緒に活動をしながら地域コミュニティの一拠点として薬局を運営されているんです。しかも周りに病院が一軒もないなど、私の薬局との共通点も多いんです。薬局を地域のコミュニティスペースにする取り組みは、この薬局がいいという理由で選ばれるようになりたいという私の想いを、一歩前に進めてくれるのではないかと思いました。」
自分もやってみよう。新たな目標に向かって、福田さんは活動を開始しました。
薬局の隣に令和元年4月オープンしたコミュニティスペース「まごころ茶屋」
「まごころ茶屋」は住民によるDIYでつくられた
コミュニティスペースづくりに取り組むことを決めた福田さんでしたが、反対したのは薬局のスタッフたちでした。
「新しい事業に取り組むことへの抵抗や、何をしていくのかよくわからないことへの不安があったんだと思います。でも変わらなければ生き残れないと思い、計画を推し進めました。」
福田さんは、薬局の認知度を高めるため自治会活動に参加。地域のゴミ拾いや夏祭り、グラウンドゴルフ、百歳体操といった催し物に足を運び、地域の人たちと積極的にコミュニケーションを重ねていきました。また、薬局の隣に空いたテナントを、地域コミュニティづくりの拠点として確保。知人に紹介された地元のコミュニティデザインの専門家に協力を依頼し、まず取り組んだのがコミュニティスペースの存在を知らせるための「行きたくなる薬局を作るオープン会議」でした。
「月に一度、地元の人を中心にそのスペースに集まってもらい、そこでやったら面白いと思うアイデアを出してもらいました。7回ほど開きましたが、参加者は10人ほどの時もあれば40人も集まって立ち見だったことも。薬膳、バー、カフェから相撲、足湯、落語といったものまで、様々なアイデアが出ました。」
さらに、「まごころ茶屋」と名付けたそのスペースを多くの人に知ってもらうためのオープニングイベントのひとつとして、車いすを利用している人も障害を持っている人も、誰でもモデルとして参加できるファッションショーを公民館で開催。
好きな映画の主人公になりきった高齢者夫婦や、女優の装いを再現して歩いた女性、着物とタキシードを組み合わせた個性的なファッションで登場した男性など、参加したモデルたちはそれぞれに楽しみ、ファッションショーにはおよそ100人、オープニングイベント全体では200人もの来場者が詰めかけたのです。
「チラシを手に出かけてはたくさんの人に『来てください』と声をかけ、オープン会議やオープニングイベント、ショーの参加者や来場者を募りました。こうした立上げ時の運営や集客は、主体的に動くのは自分であっても専門家の協力が必要です。相談しながら進められたことで実現できたと感謝しています。」
一方、これらの取組を通じて、福田さんには気づいたことがありました。
「誰でも自分がやりたいと思うことを、楽しみたいんだということでした。洋服が好きなことでファッションショーを楽しめたように、ちょっとしたことでいいから、自分が好きなことで楽しめるものを持っていると、そこからみんな元気になれると実感できました。」
「行きたくなる薬局を作るオープン会議」の参加者たち
令和元年4月7日に開催されたオープニングイベントには、全体では200人もの来場者が詰めかけた
オープニングイベントの一つとして公民館で開催した、誰でもモデルとして参加できるファッションショー
不調を訴えるため毎日薬局を訪れていた90才の男性患者。話すことで安心して帰宅するという日々が続いていました。
「元々銀行員で、株や資産の運用を仕事にされていた方です。娘さんの退職を機に、証券会社をつくると言いに来られた姿は目が輝き背筋が伸びて、驚くほどの変わり様でした。最終的には娘さんに断られ、再び元気をなくしそうになったので、私の資産運用を手伝ってほしいとお願いしたんです。生きがいを見つけたことで、最近ではパソコンを教えてほしいと元気よく通ってこられています。」
やりたいことが見つかるだけで、こうも元気になれるのか。福田さんは驚くと同時に、生きがいの見つかる薬局こそ必要だと確信していきます。
そしてもう一人、福田さんには忘れられない人がいます。毎朝の散歩で空の写真を撮り続けていた、91才の末期がんの男性患者です。
「私の妻が、毎日ブログを更新されていますねと話しかけると、もうやめようと思うと返事が返ってきたんです。誰にも見られていないからって。じゃあ展覧会を開きましょうと提案し、3年間撮り続けた5000枚ほどの写真の中から1000枚を選び、プリントしてまごころ茶屋の壁中に貼りました。」
「空の写真展」と名付けたそのイベントは、50人もの近隣の人たちが足を運びました。それをきっかけに元気になったその男性は、接写に挑戦したいと新しいカメラを買い、近くのコスモス園に写真を撮りに出かけたり、毎日を楽しみながら元気に過ごされました。
さらに、まごころ茶屋に関心のなかったスタッフたちが、「空の写真展」を開いた患者さんのご家族から直接「ありがとう」と感謝されて以来、積極的に関わるようにもなっていきました。
「妻に言われたんです。本当に楽しんでいる姿を見た人は、それをきっかけに自分も同じように何か楽しいことをやりたいと思うはずだって。だから、まごころ茶屋で楽しんでいる人を見てもらうことが、自立のきっかけづくりになるはずだと。私が考える自立とは『自分がやりたいことをやって楽しんでいる状態』です。まごころ茶屋の活動も、『この人が元気になったら面白そうだからやりたい』というように、私自身がやりたいかどうかで決めています。」
自分が楽しいと思うことが大切だと言う福田さん。まごころ茶屋に集まる人たちが、自分らしく生きていると伝わってくる瞬間が、一番うれしいと言います。
生きがいを見つけ元気に「まごころ茶屋」に通う男性と福田さん
まごころ茶屋で開催した「空の写真展」
「空の写真展」には50人もの近隣の人たちが足を運んだ
「『まごころ茶屋ができたから、いろいろ挑戦できる。』そう言って、家にこもりがちだった人が、自分がやりたいことに取り組んでいる姿を見るのがとても好きなんです。薬を処方してもらうことがきっかけになり、自分の生きがいが見つかるっていいじゃないですか。」
そう言って笑う福田さんですが、現在は新型コロナウイルスの影響で、まごころ茶屋での活動は毎週月曜日のサロンと月に一度の認知症カフェに限られています。
「閉められている高齢者サロンが多い中、開いている場所があるだけで皆さんの安心につながると思っています。ひとりで家に閉じこもることで認知症が発生したり、進行したりするのを防ぐため、オンライン会議システムで誰かと触れ合うことができるようにパソコン指導も行っています。今後は、散歩部を発足させたり畑で野菜を一緒につくるなど、外での活動も進めていきたいです。」
そんなまごころ茶屋のようなコミュニティスペースは「漢方」だと、福田さんは言います。
「私が共感した医師によれば、体の内と外のバランスをとると元気になるのが漢方の考え方。薬で体の内を整えるだけでなく、人間関係のような外を整えることで治ることも多々あるそうです。私は、コミュニティスペースがその外的環境を整えるためのものだと思っています。」
さらに薬局こそ、そうしたコミュニティスペースとしての役割が向いていると言います。
「薬局や薬剤師には、人として人と向き合い、患者さんが求めていることを深く知るためのコミュニケーション力や提案力が求められます。それはコミュニティデザインにとっても重要な要素です。その能力を最大限に発揮した先にあるのが、コミュニティスペースとしてのまごころ茶屋であり、まごころ薬局であると思っています。」
そんな福田さんの目標は、地域の人が自立して、健康になる社会をつくることです。
「立地ではなく、まごころ薬局が好きだから、同じ薬をもらうならこの薬局で。そういって共感と共に足を運んでくれる人を増やしたい。まごころ薬局やまごころ茶屋に関わる人が増えるほど、人生を楽しめる人、元気になれる人も増えていくんです。」
今日も福田さんは、健康になるための薬と共に、生きがいづくりの処方を続けています。
新型コロナウイルス対策を実施しながら行われている毎週月曜日のサロン
「まごころ茶屋」に通われる方々