近年、自然体験を通して命の大切さを子どもたちに伝えようという動きが進んでいる。
兵庫県では、平成19年度から公立小学校3年生を対象に「環境体験事業」を段階的に実施し、平成21年度からは全校での取り組みが始まった。
「明石のはらくらぶ」は、県内の学校から協力依頼を受け、環境学習の支援に関わっている。
自分たちの住む地域を取り囲む自然の存在に気づき、興味・関心を育てることで、子どもたちの中に地域を大切に思う心が生まれる。設立者で代表の丸谷聡子さんは、人と自然が仲良く暮らせる社会になることを願って活動している。
子どもの頃から自然の中で過ごすことが大好きだったという丸谷さん。児童公園で遊ぶより楽しいだろうと、母親はよく山や森に連れて行ってくれた。
「川に入ったり森を駆け回ったりしながら小さな命とふれあう中で、思いやりや生命の大切さなど、人としての基本的なことを学んだように思います」
小学3年生の時、学校の先生に誘われて「ひょうご自然教室」に入会。ボランティアリーダーたちの手引きもあって、自然に対する好奇心はどんどん膨らんだ。
中学生になって参加した美方(現美方郡香美町)自然教室で、イヌワシに遭遇。その雄大な飛翔の姿を見た瞬間、少女はすっかり虜になってしまった。自然の豊かさを測るバロメーターと言われているイヌワシ。もっと生き物たちが生息する環境について学びたいとの思いが一層大きくなる。気がつけば、自然と人が共生するためにはどうしたらよいか?いつもそんなことを考えるようになった。
「イヌワシとの出会いは、今の自分の原点です」
高校生になると、日本野鳥の会兵庫県支部設立と同時に会員となった丸谷さん。小学校での環境学習指導にボランティアスタッフとして関わることとなる。
私たち人間が自然環境を守らないと、野鳥は絶滅してしまうかもしれない。そのことを伝えていく中で、今の子どもたちが、自然の中で遊ぶ機会がほんとうに少なくなっているということに気づく。
一人でも多くの人に、自分が体験してきた自然の美しさや楽しさを知ってもらいたいという思いを深めた丸谷さんは、平成16年、兵庫県環境創造協会の助成を受け、夫と友人の3人で 明石のはらくらぶ を立ち上げた。
活動の柱の1つは、「環境体験学習の支援」。明石市内の小学校と連携した環境体験学習の授業は10年以上にわたり続けている。対象は小学3年生。熱心な学校では1年生から実施しているところもある。
自然と触れあう舞台のひとつは、ため池。実は兵庫県には、およそ4万3千箇所のため池があり、日本一多い。農業用水として活用されているが、子どもたちにとっては絶好の学びの場となる。近所のため池に繰り出した子どもたちは、ここが渡り鳥の大切な飛来地であることや、生息する水草 ガガブタの個体群が減少傾向にあることなどを知る。また、かいぼり(池干し)により水を抜いた後には、ため池に入ることもある。子どもたちは、泥んこになりながら、池の中にたくさんの生き物が暮らしていることを体感できる。
夫の聡さんと一緒に教壇に立つ 明石市立花園小学校にて
聡さんは、現在、福島県庁の職員として放射性物質の除染に携わっている。
ため池学習 明石市立高丘東小学校
環境学習体験をきっかけに、自然への関心を強く持った子どもたち。さらに自然への興味を深め、未来のリーダーとして育ってほしい。そのためには、自然体験を日常化できないか。そこで始めたのが、「放課後自然たんけん隊」だ。明石市の小学校に出向き、放課後に子どもたちと一緒に学校の敷地内に生息する動植物を観察。参加者みんなで「生き物図鑑」を作ったり、ダンゴムシを採集して観察するなどの体験を重ねている。
また、昨年秋には、地域の後押しを受けて鳥羽小学校(明石市)近くに「のはらっこ環境寺子屋」をオープンさせた。図鑑などの資料を揃え、放課後は子どもたちが自由に集まり、自然や生き物への関心を深めるための拠点となっている。
昨年9月にオープンした「のはらっこ環境寺子屋」
さらに、休日には、森や海まで足を延ばし、さらに雄大な自然をフィールドにした観察会「月イチのはらっこ自然たんけん隊」を開催。校区の枠を越えて、いろいろな地域の子どもたちが参加している。
「学校も学年も違う子どもたちが集まり、仲良くなって過ごす機会を大切にしたい」と丸谷さんは語る。
5月25日、姫路市自然観察の森に集まった隊員たちは、きらきらと目を輝かせながら新緑の園内を歩いた。耳に飛び込んでくる美しい歌声の主を探すと、キビタキが姿を現した。この日は、お目当てだったモリアオガエルの卵を見つけることもできた。
姫路市自然観察の森で見つけたキビタキ(自然観察の森 斉藤レンジャー撮影)
明石市立大久保南小学校6年生の松嶋梨里さんは、丸谷さん夫妻共著の図鑑『明石の野鳥』(写真・松重和太さん 明石市立文化博物館発行)を読んで隊員に加わった、熱心な丸谷さんファン。将来の夢は「丸ちゃんになりたい」だ。
「家や学校の周りの生き物を見つけるのが楽しい」と語る松嶋梨里さん
親や先生など身近な大人が虫を嫌うと、子どもたちにも生き物を避ける姿勢が伝わってしまう。子どもたちの環境体験学習を進めるためには、まず大人たちが自然への関心や知識を深めることの大切なのだ。丸谷さん自身にとっても、幼い頃、自然への興味を引き出し、深める手引きをしてくれたボランティアリーダーたちの存在はとても大きいものだった。
指導者が変われば子どもが変わる。子どもが変われば支援者が変わる。そうして社会が変わる。そんな思いから、体験学習を指導する人材の育成にも熱心に取り組んでいる。学校の先生を対象とした養成講座を手がける一方、ジュニアリーダーや大学生への研修など、丸谷さんのスケジュールには空白がない。
学校で開催する環境学習の下見に行く先生の中には、鳥の名前すら知らなかった人もいた。しかし、丸谷さんと一緒に学習を進めていく中で次第に興味が深まり、1年も経つと鳴き声だけで名前を言い当てるほどになる人もいる。指導する側が楽しいと感じると、その楽しさが子どもたちにも伝わる。身近にある自然を意識すると、地域に対する愛着も生まれてくる。
のはらくらぶの活動に対して、昨年、自然体験の企画案を全国から公募している「トム・ソーヤースクール企画コンテスト」の最優秀賞が贈られた。
以前、丸谷さんを紹介する新聞記事を見た人から電話の入ったことがあった。少女時代の丸谷さんが参加していた「ひょうご自然教室」で、ボランティアリーダーをしていた人だという。
「自分のしていた活動は何かの役に立ったのだろうかと思っていたが、記事を読んで志をついでくれている人がいたことを知り、嬉しかった。ありがとう」
この言葉を耳にして、改めて自分の役割を認識させられたという丸谷さん。小さな命のきらめきを子どもたちと一緒に感じながら、先輩たちの思いに自分の気持ちを乗せて、次の世代へと志をつないでいかねばならない。
将来を担う頼もしい後継者 明石市立鳥羽小学校 杉田さん一宮さん福島くん
(公開日:H26.6.25)