西宮の子どもたちを海好き、魚好きに

「むかしは西宮でもイワシが大漁にとれたんだよー。」
タレント・イラストレーター・ラジオDJでもある「さかなのおにいさん かわちゃん」が、西宮市立高木北小学校の体育館に集まった児童たちに地元・西宮の海の話をしている一幕だ。自分で描いたイラストをスライドで見せながら、西宮の海の魅力や魚の生態などをコミカルに伝える。児童たちはかわちゃんの饒舌な語りに一瞬にして心を掴まれたかのように、話が進むたびに大笑いし、魚のクイズでは一斉に手を上げる。かわちゃんは最後に「みんなが魚を好きになると、海はもっと豊かになるんだよ」と締めくくった。そして、児童たちが体育館を退場するときには一人ひとりとハイタッチをしながら「魚いっぱい食べてねー」と伝えた。

これはかわちゃんがゲストとして小学校に招かれた特別授業ではない。西宮に本社を置く古野電気(以下、フルノ)が2024年から西宮市の小学校で開催している環境学習イベントだ。知識を教えるというよりも、子どもたちに楽しんでもらうことや、子どもたちとの掛け合いを積極的に取り入れるなど、フルノの公式アンバサダーかわちゃんと工夫を凝らす。「西宮の子どもたちを日本一の海好き・魚好きに」することを目指しつつ、フルノ社員たち自身も楽しみながら、子どもたちが海や魚のことを学べる場をつくっている。
一人の漁師の言葉を聴き、日本の漁業を変えた

ところで、フルノはどんな会社なのか。1948年に世界で初めて魚群探知機(以下、魚探・ぎょたん)の実用化に成功した舶用機器メーカー。1938年に創業後、船舶の電気工事などを行っていた戦後のある日、創業者の古野清孝氏が一人の漁師の「魚のいるところには泡が出る」という言葉をきっかけに、「海の中が見えたらどんなにすばらしかろう」と興味を持って、超音波で魚の群れを映像で見える魚探の開発を始めた。清孝氏はときに漁師と一緒に船に乗って漁に出て、現場の状況や声を製品開発に生かし、漁師との関係性も築いていった。
実用化に成功すると、魚探を装備したことで漁獲量が増える船が続出した。それまでの漁は見えない海中を漁師の「勘と経験」に頼っていたが、魚探の登場で安定かつ効率的、そして科学的な漁業へと変革した。

このような経験から清孝氏は、お客さまや現場を大切にする「現場種技(げんばしゅぎ)」(※)という言葉を作り、今でも日本・世界中の社員に広く受け継がれている。
その後、同社は漁船や商船向け機器を次々に開発し、日本のみならず世界でもそのシェアを拡大。今では漁業向け電子機器の世界シェアは49%、商船用レーダーは43%を誇るグローバル企業に成長した。

(※)現場種技…創業者の造語であり標語。技術や製品の開発は、現場に行けばその答えが見つかるという意。お客様との対話の中で、解決のシーズ(種)を見抜く感性の大切さを表す。
「自分たちらしく」、海を守る

フルノの事業の舞台は「海」だ。昨今、兵庫県の郷土料理「くぎ煮」に必須の「いかなご」は不漁が続いており、海の異常を実感している人も多いだろう。そういった漁獲資源の減少や気候変動による海水温の上昇などのほか、海洋ごみの増加も大きな問題の一つ。2050年には海洋中のプラスチックごみの重量が魚の重量を上回るという予測もあり、海に直結した事業を行うフルノも看過できない。
一方、「『海と日本人』に関する意識調査2024」(※)では「海は守るべき存在」という意識は高まっているものの、海離れや海好きの減少が進み、海への課題意識が薄れている現状もある。

そこで、海に恩恵を受けている企業として、海の環境活動をしようという声があがった。環境団体への資金支援など様々な方法があるが、「地域の人に直接働きかけていくのが、自分たちらしさじゃないか」などと議論を重ねる中で、人が行動に移すときのシンプルな動機付け、「好き」という感情に着目。
「(海や魚を)好きになる」と「伝えたくなる、守りたくなる」だから「(海を守るために)行動をする」と考えた。冒頭の西宮市内の小学校でのイベントは、まさにその「好き」を育てる活動だ。名付けて「海を未来にプロジェクト」。そのほかにも西宮を「現場」とした様々な地域活動に力を注ぐ。
日本の漁業を「見えないものを見える」ように変革し、今や世界を相手にビジネスを展開するグローバル企業が、どんな想いで地域活動をしているのか。狙いは何なのか。企画・運営する経営企画部のみなさんにうかがった。
(※)日本人の海に対する感情や認識がどのように変化しているか、今後の海との関係性の向上に貢献する目的で、日本財団が2017年から2年ごとに調査している。
閑話~off-topic~
西宮市立高木北小学校が水族館に!?「1~6年生のどの作品も本当に個性的で、みんなの想像力に感動しました」と、イベント担当の加島さん 「イベント当日、校内の廊下やガラス壁、天井などあちこちに児童たちの「海の生き物」の作品が展示されていて驚きました。事前に図工の先生が授業に取り入れてくださったとのこと。国語や外国語の授業でも海や魚の学びを取り入れ、栄養士の先生は「今日の魚はどの栄養素?」と給食の献立に結びつけた自作のポスターを掲示し…。イベント前後の時間も学びにつなげようという先生方の熱い想いにグッときました。」経営企画部 加島辰哉さん
さらに深掘り-Q&A-
──西宮での地域活動はどんなことから始まったのですか?

野口竜太郎さん(以下、野口):会社周辺のごみ拾いです。それもジョギングしながら。プロギングというスウェーデン発祥のスポーツで、2022年5月から有志社員で始めました。「せっかくやるなら楽しもう」と、拾ったごみの量や種類でポイントを競うゲーム性を持たせて。単純に楽しくなって続けていると、地域の方々が「先週もいたよね?」「おつかれさま!」と声をかけてくれるようになって。もっと地域の方と関わりながら活動したいなと、活動範囲を広げています。

その中で、世界的なごみ拾い競技「スポGOMIワールドカップ」の存在を知り、兵庫県のテレビ局サンテレビと協力して2023年に西宮に大会を誘致。そして、同年8月に西宮浜で開催された「兵庫STAGE」に協賛しました。制限時間1時間内に拾ったごみの量や種類に応じてポイントを獲得する大会なので、高得点を狙って大きなごみばかり集めようとしていた人も。その方はお子さんから「小さなごみこそちゃんと拾わな!」と言われ、「子どもから学びました」と感想を教えてくれました。当社の新入社員も有志で参加し、「ごみが宝の山に見えた!」と言いながら、地域の皆さんとともに楽しみました。大会後は、道端に落ちているごみを自然と拾うようになるなど、日々の行動にも変化があったようです。
――地域の方や参加した子どもたちの反応や反響はどうですか?

野口: 高木北小学校の先生いわく、環境学習プログラム実施後は、給食で魚料理の残食も減ったそうです。また、休み時間には児童たち自作の海や魚のクイズを出し合いっこしていたり…。「好き」からはじまる海を守る活動は、着実に確実に前進しているかなと思っています。これまで3校で実施した小学校での環境学習プログラムですが、継続的に活動することで、西宮市の全小学校で実現させたい。そして、エリアも広げ、より多くの未来を担う子どもたちに海の魅力を届けていきたいと思っています。
――100カ国以上に販売拠点を設けて、売上の約7割が海外向けというグローバル企業が、地域活動に力を入れるのはなぜですか?

王微さん(以下、王):私たちは、物事をグローバル(世界規模)で考え、ローカル(地域)をベースに行動するという「Think globally, Act locally」の姿勢を大切にしています。本社のある西宮だけでなく、港がある日本、世界の各拠点がそれぞれの地域とつながり、地元の人たちと信頼関係を築いてきました。それは、90年近く引き継がれている顧客に寄り添う「浜営業」スタイル、創業時から変わらない私たちのDNAみたいなもの。とにかく現場に出向き、漁師さんに寄り添い、困りごとがあれば修理や点検、相談対応に駆け付けます。日々の対話の中から製品開発のヒントも得てきました。顧客と機器メーカーの社員という関係を越えて、海の仲間のように接してくれる漁師さんも少なくありません。私は前職もグローバル企業に勤務していましたが、フルノのお客さまへの寄り添い力はとても強い。海外支社の社員も同じで、皆がお客さま第一で動いています。

コテン ロリスさん(以下、ロリス):お客さまのニーズも課題の答えも全て現場にあるので、実際に足を運んでお客さまと対話をしてはじめて解決策を提供できます。地域活動も同じこと。西宮に本社があるんだから、まずは地域の人と触れ合い、声を聴き、役に立つことをするのは、ごく自然なことです。今は本社のある西宮を中心に活動していますが、フルノの拠点は全国にも世界にもあるので、今後は国内外でこうした取り組みを広げていきたいですね。
閑話~off-topic~
「伝えたい」が伝播していく阪急西宮ガーデンズでの海をテーマにしたイベント 「西宮の小学校でのイベントは、一人の小学生の声がきっかけです。以前、かわちゃんと一緒に西宮の百貨店で開催した、海のイベントに参加した女の子が、「学校のみんなにも知ってほしい」と、校長先生に直談判してくれて。一人の「誰かに伝えたい」という思いが、私たち含め、大人を動かしたんです」野口さん
――小学校以外にも、地域の高校と連携をして学びのサポートをされていますね。きっかけは何だったのでしょうか?


清水美也子さん(以下、清水):市内の高校の先生からの電話です。「理科教員の研修会のために会議室を借りたい」とかかってきたんです。当社はB to B企業なので、一般の人との接点がほぼなく、西宮在住者への認知度調査でも、年配の方は知っていても、若い人にはほとんど知られていなかった。ちょうどその頃、もっとフルノのことを知ってほしいし地域とのつながりを増やしたい、学生たちにも開かれた会社になりたい、出前授業みたいに自分たちが出向いていけばいいんじゃないか、などの議論が社内に起こっていたタイミングだったので、地域のニーズの一つだと思い、喜んで引き受けました。弊社をご存知なかった先生方も、会社説明のあと展示室を見学され、フルノの技術に関心を寄せてくれました。その後、市内2校から、新設学科の探究学習のサポートと、文部科学省の「スーパーサイエンスハイスクール」にかかる運営指導委員のお話をいただきました。
――具体的にどんな関わりを?

清水:大枠の企画や進行は高校生たちが主体的に行っています。当社の研究開発棟に集まって、海洋プラスチック課題についての大学や行政、当社の取り組みを学んだり、学生同士で議論したり、大型水槽で実習実験をしたりします。3年目ですが、毎回プログラムをブラッシュアップし、指導を担当する技術者たちもどういう伝え方をすれば高校生に届くのか、楽しんでもらえるのかと工夫を重ね、本気で取り組んでいます。ある技術者は、8時開始なのに6時半に来て準備するほど!高校生の柔軟な発想に驚きや気づきがあると、毎回刺激を受けているとのこと。担当している私も、高校生のがんばる姿に「母のような目線」で成長を応援しています。
――海洋プラスチック問題にはどういった技術を使って取り組んでいるのですか?

私たちの原点である魚探は、水中に超音波を発射し、その反射波を捉えることで、魚群の存在や水深、海底の様子を把握する技術です。私たちは現在、この「海の中を見える化」する技術を応用し、海面や海中に漂うごみの動きや量を可視化する新たな取り組みに挑戦しています。実現すれば、海洋ごみゼロの世界に近づく可能性がありますが、簡単ではありません。魚は浮袋の空気で反応を得ることができるのですが、海洋ごみは種類が多いうえに、目に見えないマイクロプラスチックも含まれているからです。今は、実現に向けた技術開発のため、データ収集と解析を重ねている最中です。
加島辰哉さん(以下、加島):海がもっときれいで豊かになれば、海好きは増えるだろうし、おいしい魚もいただけますから、技術面でのアプローチも重要です。
――経営企画部では、会社の経営や戦略など中枢に関する業務をされているんですよね。その中で地域活動はみなさんにとってどんな存在ですか?

加島:私は西宮出身で、小さい頃から海が大好き。海水浴に釣り、ドライブデートと、身近な存在です。好きな海がいつもきれいであってほしいから、ごみを見つけたら必ず拾います。自分の海への想いと会社の考え方が一緒だと感じて入社しました。今まさに地元で、海の活動に関われていることがとても楽しいですし、1人でも多くの人にもっと知ってもらいながら前のめりで取り組んでいます。

清水:地域活動をする中で私たちの想いや会社のことを知ってもらうと、たとえば学校の先生たちも応援してくれるんです。「フルノさんの活動、もっと知ってもらいたいな」と。そういう声を聞くとうれしいです。
それに、活動に参加した学生たちが、海や魚を好きになって、将来海に関わる仕事や活動をしてくれるかもしれない。フルノを思い出して入社してくれる人が出てくるかもしれない。個人的にはそんな将来を想像しながら、学生たちを応援することが今のやりがいになっています。
興味・関心の種が、地域にも社会にも

取材中に何度も出てきた「私たちのDNA」。お客さまや地域の人とじかに触れ、聴いた声に応える地道で細やかな「浜営業」スタイルと、「見えないものを見る」開発や活動ではぐくまれた他者や未来を思う想像力ではないだろうか。
それは創業時からずっと変わらず続いていて、もはや各社員が「誇り」とも感じている。
一方で、「人のために」「社会・地域のために」という他者貢献のみで歩んできたわけでもない。創業者は、海の中が見えるようになることで広がる未開拓の世界を想像し、ワクワクした。自分の好奇心や「好き」という想いをも原動力に、開発と成長を進めてきた。その個人的なワクワクの種も、フルノDNAには流れているのだろう。
まさに海を守る活動のテーマと同じだ。
「好き」、だから「伝えたくなる、守りたくなる」、そのために「行動する」
会社規模が大きくなろうが、グローバル展開しようが、技術開発や営業活動はもちろん、地域活動も根っこは変わらない。これからも90年続くDNAと確かな技術力で、お客さまや地域に寄り添い続ける。
閑話~off-topic~
地域活動はこんなところでも「地域の中学生に向けては出前授業をしています。理系の女性技術者が赴き、理系職のやりがいなどを伝えます。生徒たちが将来を考えるきっかけになればいいな」清水さん
「フェスやマルシェも定期的に開催しています。人が集まり、つながる場というコンセプトで実施している「FURUNOうまいもんマルシェ」には、社員だけではなく、地域の方からも好評いただいています。平日のほぼ毎日キッチンカーが本社横にある研究開発棟「SOUTH WING」前に来て、ランチ時は毎回列ができるほどにぎわいます。特設サイトで事前にお目当てをチェックしてから来る方も多いです」加島さん
取材・文:松本理恵/笠原美律



