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じわじわと、気づかない間に人口減少は進む
あなたの心の中にある「ふるさと」の風景は、どんな場所・時間だろうか。仲良しメンバーしか知らない路地の抜け道、学校帰りに自転車から見た夕焼け、永遠におしゃべりが続く下校途中の三叉路……記憶に残る何気ない場所が、永遠に失われてしまうとしたら?
日本で今、多くの人の「ふるさと」が消えようとしている。日本全体の人口は高度経済成長で一気に増えたはずなのに、地方のまちや集落では人口が減り、「限界集落」も増えている。人口減少は、ずっとその場所で過ごしていると気がつかないくらい、静かに進んでいく。商店街のお店が閉まる、同級生が結婚してまちを出る、公園でこどもの遊ぶ声が聞こえなくなる。“あれ、いつの間に?”と思ったときには、もう歯止めをかけられない状況になっている。住む人がいなくなれば、その土地で大切に紡がれてきた歴史や文化も失われてしまう――現在、株式会社NOTEの代表を務める藤原岳史さんもそのことに危機感を感じた一人。人生の転機を迎え、生まれ故郷の丹波篠山市に戻った際に「いつの間に」と寂れつつあるまちの姿に驚いたという。
夢だった株式上場――その先に見えた虚無感
丹波篠山市の大自然に包まれて育った藤原少年もまた、高校卒業と同時にまちを出た。東京・大阪を拠点とするITベンチャーに就職。夢だった株式上場を実現した後、突然「次に自分は何をしたらいいんだろう?」と虚無感に襲われた。目的を達成できて嬉しかったはずなのに、それを超えた先に自分の人生が何もないと感じて愕然とした。退職を視野に“人生を見つける活動”をしたいと、自らの原点である丹波篠山市へ。というのも実家に帰省するたびに徐々に寂れていくふるさとの様子に問題意識を抱いていたからだ。数百年前から続いてきた歴史あるまちが少しずつ消えようとしているのではないか、と。

「私が働いていたIT業界は、ものすごいスピードでビジネスモデルが変化します。だからいかに短期間で投資回収するかが勝負。つまり資本主義では“いかに効率よく利益を生み出すか”が価値になるんです。じゃあ、丹波篠山市にある江戸時代から続く老舗やご近所さんに長く愛されてきた和菓子屋さんなどには価値がないのか?――いや、決してそうではありませんよね。上場した翌朝に感じた虚無感の正体は、資本主義の基準ですべてのものごとを評価することへの気持ち悪さにあったのかもしれないと、ふるさとでの暮らしを通して気付いたのです」と藤原さんは話す。

ふるさとで過ごすうち、人口減などの地域課題に向き合おうと、設立されたばかりの一般社団法人ノオトとつながる。自身のITの知識が役立てばとメンバーの一員になった。そこでまちに残る歴史的建造物、まちで営まれてきた暮らしや守られてきた文化を次世代に残すために仲間と立ち上げたのが「NIPPONIA」事業だ。
「丹波篠山市もそうですが、人口減に直面している集落の多くは江戸時代やそれ以前から人々が暮らしてきた場所です。人は住みたくない・住みづらい場所には集落をつくらないし、まして数百年も存続しないでしょう。だから集落がある場所は、水の流れが良い、作物がよく育つ、自然災害が少ない、眺めが良いなど、独自の好条件があったはずなんです。それって“価値”なのではないでしょうか」

長く人々が暮らせた土地だからこそ、その土地で培われた歴史や暮らし文化、そこに住む人が持っている生活の知恵やストーリーがある。それこそ、資本主義の基準では測れない新たな「物差し」ではないか、と藤原さんは考えた。新たな「物差し」で発掘したその土地の素晴らしさを再定義して発信し、多くのひとに興味を持ち関わってもらうことで、歴史や暮らし文化を次世代に引き継いでいく。これが、NIPPONIA事業の“核”となった。
「楽しむ」だけじゃない、「関わる」という旅のカタチ
一般社団法人ノオト時代、2009年に「集落丸山」をオープン。単に訪れる人に楽しい体験を提供して一過性の“観光客”としてもてなすのではなく、集落の一員として暮らすように過ごし、その土地の価値や課題を共有して継続的に関わる“サポーター”になってもらうことを目指した。そのために、訪れた人とどう関わるか、決済方法はどうするか、宿泊費はどうするかなど、そこに住む人たちの判断を何より重視した。安心して協力してもらうためには集落の人たちの主体的な関わりが不可欠だからだ。

ところが当初、宿泊事業を始めることに一部の住民は反対していたそうだ。自治会長がなんとか説得してスタートし、村を訪れる人が増えるにつれて住民たちに変化が現れた。例えば反対していた集落の長老が、毎朝お客さんを出迎える集落の伝言板に一句を書いてくれるようになった。家の奥に閉じこもらず縁側で過ごす姿が見られるようになった。
「日中は、お客さんが話しかけざるを得ないような場所で(笑)、わざと日向ぼっこをされているんです。かわいいですよね。当初は私たちがどれだけ丁寧に言葉を尽くしても、ゴミ問題や防犯面などへの不安もあり理解してもらうのは難しかった。ですが、継続的にこの土地を応援しようと来てくれるお客さんたちが長老の心を動かしたんです。それに、当初は『こんな場所、何もないのに』と言っていた集落の方々が、多くのお客さんから集落を褒められるうちに自分たちのアイデンティティというか誇りを持ち始めたのも、とても嬉しかったですね」と藤原さんは目を細める。
観光地でなくても、人が訪れ滞在する。関係人口の増加により、そこに住む人々の意識が前向きに変わっていく。集落丸山での手応えを後押しに「篠山城下町ホテル NIPPONIA」が開業、株式会社NOTEの設立を機にNIPPONIA事業は全国へと展開していく。
歴史、文化。“冷凍保存”が正解か否か
NIPPONIAが掲げるビジョンは「なつかしくて、あたらしい、日本の暮らしをつくる」だ。その土地で守られてきた暮らし文化、歴史を次世代に継承するために、失われつつある歴史的建築物に命を吹き込んで宿として活用し、そこを中心に人やまちに触れて暮らすように過ごしてもらえるよう地元のお店などとも連携。まち全体を滞在空間として捉えている。
藤原さんはこう語る。「文化や歴史を未来に継承すると言っても、これまで国内の文化財や文化遺産は“冷凍保存”に近い状態でした。利活用しながら存続させるのではなく、昔の姿をそのまま残すアプローチなので、コストも手間もかかり行政でしか続けられない。それって、古き良きものがどんどん失われていく要因の一つなのでは?と。そもそも文化財は建造物など“モノ”だけに価値があるのではなく、そこで人々が営んできた暮らしの痕跡や歴史の中で刻まれてきたストーリーにも大きな価値がある。文化遺産になっている祭りや行事も、最初から今のカタチで生まれたのではなく長い歴史の中で少しずつ姿を変えながら受け継がれてきたはずです。大切なのは、文化財や文化遺産が生み出される理由になった人々の想いや願い。その部分をしっかり守りながら、「古き良き日本の原風景」に時代時代に合わせた「利便性や快適さ」を融合していく。それがNIPPONIAの考える『なつかしくて、あたらしい、日本の暮らし』です」

閑話~off-topic~
「あたらしさの融合」は、丹波篠山のお殿様のDNA!?
今も地元の人に親しまれている篠山城の城主・歴代の「青山のお殿様」たちは、譜代大名として江戸にも大きな屋敷を構えていたそう。彼らは代々教育熱心で江戸時代には庶民も通える藩校の設立に力を入れ、明治時代には、優秀な生徒を東京の邸宅(かつての江戸屋敷)に呼び寄せる、いわば“江戸留学”のような若者への支援を推進。最新の学問に触れた生徒が地元に帰ってその知識を広げられるようサポートしていたとか。あたらしい知識や技術をその土地の暮らしに融合していこうとするNIPPONIAの精神は、丹波篠山のお殿様から引き継がれたものかもしれない。
「朝の顔」が語ってくれる、その場所が持つ底力
そのまちが持つパワーは、「朝の顔」に現れる。多くの観光客が目にする賑やかな「昼の顔」や情緒ある「夜の顔」とは違い、「朝の顔」はその土地が本来持つ素の姿が如実に現れる。混じり気のない透明度の高い空気感に、“何者にでもなれる”パワーがある。

藤原さん自身も出張に行くとそのまちの「朝の顔」を見ることを大切にしているという。「朝」への想いの裏には、丹波篠山市で新聞配達として働いていた学生時代の原体験がある。毎朝4時、まちがまだ眠っている時間帯に自転車に新聞を詰め込み考案した最短ルートを必死に回っていた。その中に、予定の時間を少しでも過ぎると門の前で腕組みをして待ち構えているお爺さんの家があった。挨拶をしても怖い顔で新聞を受け取るだけ。ある日、大雪に見舞われて自転車ごと転倒し、濡れた新聞を半泣きで拾い集めてその家に向かった。「門の前には案の定、険しい顔をしたお爺さんが立っていました。叱られると思いながら新聞を差し出すと『事故でもあったんじゃないかと心配したわ。慌てなくていい、気をつけて配ってくれればそれでいいんや』と言って、あったかいカイロを手に握らせてくれて。その時、毎朝門に立っていたのは新聞配達の少年の無事を彼なりに見守っていてくれたからだと気づいたのです」。
民家から聞こえてくる「早くしなさ〜い!」と子どもに呼びかける声、どこからか漂ってくるお味噌汁の香り、「いってらっしゃい」と声を掛け合う近所の人たち。朝の時間に日々繰り返されている人と人とのつながり、食文化、生活習慣などの「当たり前」にこそ、その土地の本当の力が宿っている。「NIPPONIAが古民家を再生し、宿を作るのは、単に宿泊場所を提供したいからではありません。その町が大切にしてきた『一日の始まり』を、訪れる人にもお裾分けしたいと考えているからです」。
――あなたの記憶に残る場所は?
この記事を読んでいるあなたにも考えてみてほしい。“何もない普通のまち”に住んでいると感じている人こそ、ぜひ一度自分のまちの「朝」を見渡してみてほしい。当たり前の日常にひっそりと息づく“宝物”がきっとある。それがあなたのまちの未来につながるヒントになるはずだから。
取材・文 おきゆきこ
