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ガレリア アーツ&ティー

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2018/12/25
井上美佳さん
(60)
兵庫県たつの市
ガレリア アーツ&ティー


 

揖保川にかかる龍野橋の東。ノスタルジックな趣(おもむき)を残す一軒のギャラリーカフェがある。平成30年11月に20年目を迎えた「ガレリア アーツ&ティー」だ。オーナーの井上美佳さんが、平成11年11月にオープン。絵画や工芸などの展覧会、ジャズやクラシックをはじめ和楽器によるコンサートや、語学・文学サークルの企画運営などを通じ、アートを身近に感じる空間づくりを続けている。平成15年に始まった「オータムフェスティバルin龍野」、平成23年にスタートした「龍野アートプロジェクト」、それぞれの立ち上げに関わり「龍野町屋再生活用プロジェクト」にも参加。多くの芸術家や地域の人々と共に、地元の文化財と優れた芸術を繋ぐ旧城下町ならではのまちづくりに取り組んでいる。

 

昭和初期の時間を味わうギャラリーカフェをオープン

平成11年3月。歴史を刻んだ扉をそっと押し開け、建物に入った井上さんの目に飛び込んできたのは、古びた窓枠の中に広がる柔らかな緑色に彩られた鶏籠山(けいろうざん)の風景。
開き始めたヤマザクラやソメイヨシノの薄紅色をアクセントに、ふもとでは黄色い菜の花が一面を埋め尽くしていた。

 

四季折々の鶏籠山と揖保川の風景が楽しめる一望スポットに「ガレリア アーツ&ティー」はある

 

「実家の向かいにあった空き家が、売りに出されていたんです。中に入って窓から外を見た瞬間、この景色に魅了されてしまいました。その窓からは龍野橋も見えるんですが、子どもの頃もこの橋から川向こうの景色を見るのが好きだったことを思い出し、この建物で何かを始めたいと思ってしまったんです。」
8ヵ月後の11月、昭和初期に建てられた金融機関の事務所は、井上さんの手によって昭和レトロなギャラリーカフェ「ガレリア アーツ&ティー」として、新たな命を吹き込まれた。同時にそれは、閉ざされた扉の向こうで止まっていた時が、まちの未来と繋がった瞬間でもあった。
 

昭和初期に建てられた金融会社の事務所を修復した「ガレリア アーツ&ティー」

レトロな城下町をお客様に案内したい

「喫茶店をしようと思っていたわけじゃないんですよ。この建物と景色を手に入れた、さあ次はどうしようという感じでした。」という井上さん。
「高校で家庭科を教えていた頃、調理実習をすると生徒たちとの距離が近くなったことを思い出しました。昔から絵画が好きだったので、絵を見た後やコンサート前にお茶を飲んでもらえる、ギャラリーカフェを始めることにしたんです。しかもここは靴を脱いであがる建物なので、知人の家に遊びにきたような感覚で、みんなにリラックスしてもらえたらいいなと思って。」
実は井上さん自身は、絵画や音楽に決して造詣が深いわけではなかった。
「この店を始めてから知識を積み重ねたことばかりです。お客さんの会話がヒントになったり、『こんな展示ができるな』とか『ワークショップをしよう』など作家さんたち自身に浮かぶアイデアが、コラボレーションによる展覧会や様々なジャンルのコンサートへと広がり繋がっていきました。」
今でこそゆったりとしたペースで運営しているギャラリーだが、オープンから10年を過ぎるまでは、月4回もの作品展と500回以上のライブを開いてきた井上さん。こうしてガレリア アーツ&ティーは、昔の面影が残るまちのシンボリック的な存在として、大阪や神戸からもお客様がやって来る人気の空間になっていった。
「店の前にかかる龍野橋を渡った旧城下町には、子どもの頃によく遊んだ路地が今も残っています。そんな龍野のまちをガレリアに来たお客さんやライブで泊まった人に、案内したいと思ったんです。ちょうど、紅葉の頃、コンサートやワークショップなどのイベントを通じて、まちおこしに取り組もうというグループがたくさん活動し始めた頃でした。そんな催しのチラシを集めて紹介しようとするんですが、開催日や時間が重なっていて残念で……。そこで主催者たちで情報を共有し、マップをつくることにしました。」
この井上さんのアイデアが、まちをあげてのイベントに繋がっていくことになる。

 

毎月第1土曜日に開催している「ジャズセッション」は2019年3月で10周年を迎えた

 

ギャラリーが併設されたノスタルジックな空気が流れる店内で、リラックスした時間を過ごすことができる

イベントで目覚め始めた、まちに眠る文化財たち

「紅葉だけでなく、龍野のまちごと楽しんで遊んでもらおう。」
平成15年秋、同じ想いで集まった仲間数人とともにイベントマップを作成し、井上さんはオレンジの布づくりを担当。町家を会場に様々な催しを楽しむ最初の「オータムフェスティバルin龍野」が開かれた。
「翌年からは、定休日なのに開けてくれるお店や、フェスティバルの開催日に合わせて行事を計画する幼稚園、PRを手伝ってくれる警察署のみなさんなど、みんなで一緒に取り組むイベントになっていきました。」
井上さんは6年目から実行委員を辞め、一参加者としてその後も毎年参加しているが、年を追うごとに参加者も協力者も増え続け、16年目を迎えた平成30年には、3日間で8万人の来訪者を迎えるまちおこし事業になった。
そんな活気を増していくフェスティバルに関わるうち、「地域に残る古い醤油蔵などを使い、国内外で開催されているビエンナーレ(*)のようなイベントができるのでは?」との想いが芽生えた井上さん。
地元で代々醸造業に携わってきた淺井良昭氏の協力のもと、龍野出身の京都市芸大教授・加須屋明子氏を芸術監督に迎え、平成23年11月、江戸時代から続く地場産業の拠点ともいえる醤油蔵などの文化財を再生・活用した「龍野アートプロジェクト」が始まった。ガレリアで親交を深めてきた作家やスタッフ、フェスティバルを通じて懇意になった古い町家や店舗の協力もあり、今年11月には8回目のアートプロジェクトに繋がった。

*ビエンナーレ: 2年に1度開かれる美術展覧会。語源となったヴェネツィア・ビエンナーレは、世界中から美術作家を招待して開催される展覧会として100年以上の歴史を持つ。

 

オータムフェスティバル in 龍野(たくさんの人で賑わう下川原商店街)

 

オータムフェスティバルの会場目印であるオレンジの布を掲げた「ガレリア アーツ&ティー」

建物と人と芸術が活かしあうまち、龍野

「ガレリアが5周年を迎えた時、作品展を開いてくださる作家の松谷武判(まつたにたけさだ)氏に会うため、パリへ出かけたんですが、松谷さんが、南仏のカルデという町で開催されているアートプロジェクトに参加されていたので、カルデにも出かけました。そこで、羊小屋を会場にしたアートプロジェクトを見たんです。龍野にも古い醤油蔵や工場跡がある。それらを使ってこんなプロジェクトができたらいいのにと、その時から漠然と思っていました。」
そんな井上さんの希望がかなった龍野アートプロジェクトは、地元住民と作家たちとの国際交流を目的に、フランスからも作家を招へい。また、芸術監督の加須屋明子氏がポーランドに造詣が深いことから、ポーランドからも作家を招へいするなど、回を追うごとに繋がりが広まっていった。パリの兵庫県事務所ギャラリーやポーランドの都市クラクフにある日本美術技術博物館マンガにて、龍野アートプロジェクト展の開催も実現。今秋の開催時には約2,500人が、龍野の古い町家を彩る現代芸術の世界を楽しんだ。
「作品が建物に助けられ、建物も作品によって活かされる。それが龍野アートプロジェクトの魅力の一つだと思っています。参加してくださる作家の皆さんも、たつの市出身や、たつの市に所縁のある方で、龍野などを題材に作品を発表されています。」
こうした様々なイベントで龍野のまちを盛り立ててきた井上さん。しかし「まちづくりに取り組んでいるという感覚はなかった」と話す。

 

龍野アートプロジェクト(旧脇坂屋敷)天田理絵さんの作品

 

龍野のまちにしかできない「まちづくり」を

「もともと、ガレリアへ来た人に古いまちを案内したり、こんないいところが残っているよと教えてあげたかっただけなんですから。」
それでも井上さんは、まちの変化を感じているという。
「イベントが始まってから新しい店が増えました。平成27年には龍野城下町マップ作成グループで『龍野レトロマップ』というまち歩きマップを作成したんですが、28年には英語版、29年にはドイツ語版の作成にまで広がりました。その後、たつの市観光プロモーション事業として引き継がれ、フランス語版や韓国語版も計画中です。このようにイベントを通していろいろな人や店、グループがうまく連携し合い、まちが元気になっているのを感じます。」

 

日本語版の他にドイツ語版まで広がりを見せている『龍野レトロマップ』

 

そんな井上さんには、深く印象に残っている出来事がある。ガレリアでの初めての作家展に、版画家・岩田健三郎氏の展覧会を企画した時のことだ。
「開始3日前になっても作品が完成していないんです。すると岩田さんは『ここガレリアの窓から見える対岸の風景絵巻が、少しずつ完成していく過程を見ていただきます』とポスターを描き始めたんです。」
「ここにはどんな鳥がいるかな?」「そこはどんな花が咲いている?」と、来店者たちを巻き込みながら描く岩田さん。展覧会は好評のうちに会期を終えた。
「あぁ、これでいいんだ。店に来られた人に参加してもらい、ガレリアにしかできないことを一緒につくりあげていけばいいんだって思いました。」
岩田さんの展覧会を通して見つけたガレリアの方向性――この場所でしかできないこと、来訪客と一緒につくること――は、城下町という文化財を活かした龍野にしかできないまちづくりにも通じている。
「たまたまお店に来たお客さんを、イベントスタッフにスカウトしたり(笑)。作家の松谷武判さんとの繋がりも、西宮の商店会の方たちとお茶を飲みに寄られた時に『絵を描かれるんですか?』って、声をかけたのがきっかけでした。オータムフェスティバルも、遊びに来た人が翌年は出店者になったりするんです。」
「みんなで一緒に楽しんでいるだけ」と言う井上さんだが、ガレリアを始めてからずっと感じている想いがある。

 

来店されたお客さん同士が自然とつながって行く

繋がっていく 繋がっている 繋げていく

「この建物に出会ってから、お客様、地元のお店や町家・文化財、作家の方々など様々な繋がりが生まれ、そこから活動も不思議なくらい繋がっていきました。そしてそれだけでなく、繋がっていることがたくさんあったことも驚きでした。」
ある時、母親が龍野の出身だという作家に出会った井上さん。
「お話をうかがうと、彼のお母さんの実家は、私が小さい頃住んでいた家と近くて、幼い頃に一緒に遊んだことも。その他にも、アートプロジェクトの事務局をずっと手伝ってくれている人のご主人の妹さんが、私の中学時代の友だちだったり。繋がっていくこと、繋がっていたこと、そうした繋がりが繋がって、新しい試みが形になっていったんです。」
ガレリアでの作品展やコンサートからオータムフェスティバルへ、さらにアートプロジェクトへと20年間に繋がっていったこと。知らないうちに静かに繋がっていた大切な人たちとの結びつき。それらを今度は、後継者へ繋げていく立場になりたいと井上さんは語る。
「楽しいことをみんなに知らせるのが好きなんです。そして、人を繋ぐことも。」
音楽や美術、劇やダンスなど、アーティストたちを繋ぎ、龍野のまちから芸術を発信する手伝いがしたいと語る井上さん。人とまち、まちとアートの交わりの中、井上さんはこれからも歴史の中に生きるまちと、今を生きる人々を繋ぎ続けていく。

 

(公開日:H30.12.25)

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