すごいすと取材記

加西市鶉野を平和学習のまちに!
飛行場跡を“戦争遺跡”に再生させた
上谷昭夫さんの“使命”

鶉野平和祈念の碑苑保存会 上谷昭夫 さん(82) 兵庫県加西市

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昭和32年、運転免許を手にしたばかりの上谷さんが初めて車を走らせたのは、鶉野(うずらの)の静かなまちに横たわる、長さ1200メートル、幅60メートルのコンクリートの「道」でした。数年後、そのすぐそばにある会社の営業所で働き始めた上谷さん。偶然の出会いから、その道は、第二次世界大戦中に姫路海軍航空隊がパイロット養成のための訓練場所として建設した、飛行場の滑走路だったと知りました。それから28年という年月をかけ、地元の人々にさえ知られていなかった飛行場跡の史実を掘り起こし、平和を語り継ぐための戦争遺跡としてよみがえらせていきました。「命をかけて日本を守った先人のことを知ってこそ、未来の平和につながる」と語る上谷さんの、活動への想いをうかがいました。

 

上谷さんプロフィール

上谷昭夫(うえたにあきお)82才。昭和13年、京都市生まれ、高砂市在住。高校を卒業後、上水道工事の建設会社に入社。勤務していた営業所が鶉野飛行場跡のそばにあった縁で元特攻隊員たちと出会い、鶉野飛行場の歴史調査を開始。戦争の記憶の風化を危惧し、史実を記録・保存しながら次世代に伝え残す活動に取り組んでいる。平成11年、鶉野平和祈念の碑苑保存会を設立。平成26年には、記録・保存した史料や写真を展示する鶉野飛行場資料館を開館。その他、海軍航空隊員が利用していた現在の北条鉄道「法華口」駅のボランティア駅長、鶉野飛行場周辺にある戦争遺跡のガイド、備蓄倉庫に展示されている局地戦闘機「紫電改(しでんかい)」(*)の解説など、鶉野飛行場跡の語り部の第一人者として活動を続けている。
*局地戦闘機「紫電改」:第二次世界大戦末期に登場した旧日本海軍の戦闘機。鶉野飛行場の南西にあった川西航空機(現・新明和工業株式会社)姫路製作所鶉野工場で、戦闘機「紫電」と合わせて約500機が組み立てられた。

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