たつの市で、オーダーメイドの整形医療靴を作る。
想いに応えるおしゃれな一足で、
心豊かな生き方をかなえる菅野ミキさんの“一歩”

すごいすと
2021/02/25
菅野ミキさん
(33)
兵庫県たつの市
靴工房「&MIKI(アンドミキ)」代表・義肢装具士

個人紹介

菅野ミキ(すがのみき)33才。昭和63年、揖保郡(現・たつの市)生まれ。高校を卒業後、県内の医療福祉専門学校義肢装具科で学び、義肢装具士の国家資格を取得。義肢装具製作会社に就職後、平成26年、父と兄が始めたオーダーメイドの靴工房で修業をしながら、整形医療靴づくりをスタート。平成28年、おしゃれなオーダーメイド整形医療靴の店「&MIKI」を開業。「左右の足の長さ、大きさが違う」「外反母趾で変形や痛みがある」「装具を装着していて履ける靴が少ない」など、障がいやトラブル、病気により、市販の靴が足に合わない人たちの悩みに応える靴を製作。全国各地から訪れる顧客に対し、一人ひとりが求める機能性やデザインを形にしながら、「履き心地が良く、おしゃれな靴」で足元を支えている。

 

「人のために役立ち、喜ばれる仕事がしたい」と、進路を模索した高校時代から15年。義肢装具士(*)となり、自分の足に合う靴となかなか出会えず困ったり、悩んだりしている人たちを、足にやさしく美しい整形医療靴(*)でサポートを続ける菅野ミキさん。一人ひとりのお客様に寄り添うことで生まれるのは、足にやさしくきちんと体に合った靴、歩くことや出かけることが楽しくなる靴、そしておしゃれを楽しみたい気持ちをあきらめさせない靴です。「靴の持つ力って、意外とすごいんです。」と微笑む菅野さん。たくさんのお客様の心と人生を豊かにしている、菅野さんの靴づくりについてうかがいました。

*義肢装具士:厚生労働省の免許を受けて、医者の指示の下に、義肢及び装具の装着部位の採型並びに義肢及び装具の製作及び身体への適合を行うことを業とする者。

*整形医療靴:扁平足や外反母趾、左右の脚長差があるなど、さまざまな病気やケガ、障がいなどにより足にトラブルを抱えている人や歩行が困難になった人たちのサポートをするための靴。

 

「人の役に立つ仕事がしたい!」 選んだ進路は義肢装具士

 

高校生だった菅野さんは、卒業後の進路に悩んでいました。興味のあったファッションやメイクの美容学校を見学したものの、学んだ後の未来の姿を想像することができなかったのです。やけどや傷の痕などをカバーするメイクの仕事にも興味を持ちましたが、関係者から「人生経験の豊かさが求められる職業」と説明を受け、「10代の自分にはまだ無理」と断念せざるを得ませんでした。

「私は自分のために、何かをしようとしても続かないんです。でも人のために動くことは楽しくて、相手の喜ぶ顔が継続の原動力になります。一生続けられる仕事に就きたいと思っていたので、誰かの役に立てると実感できる仕事が、自分には合っていると思っていました。」
ちょうどその頃、ドイツで靴づくりの修行をしていた兄が帰国。「福祉の仕事に興味があるのなら、身体補装具(*)を作る義肢装具士という職業はどうか」とアドバイスを受けたことをきっかけに、医療福祉の専門学校へ進学しました。

入学後に初めて参加した実習で、義肢装具士・菅野ミキとしての原点につながった出会いがありました。
「生まれつき両手のない5歳くらいの男の子が、生まれて初めて義手を装着し、衣服の着脱や物をつかむ訓練をしていたんです。『自分でできた!』『コップがつかめた!』と、とても喜んでいる姿に感動すると同時に、私には当たり前にできることが、実はとても恵まれていることだったのだと衝撃を受けました。健康な体だからこそ、自分にできることは何だろうと考える、大きなきっかけになったんです。」
「今の私の店には、長い間足に障がいを抱えながら、整形医療靴を履いた経験のない方も数多く訪れます。
『&MIKIさんのような店があったなんて』と衝撃を受けられたり、『もっと早く知っていればよかった』と感動してくださる姿は、初めての実習の日の私と重なります。だから私の原点として、今でもあの時の気持ちを忘れないよう、大切にしているんです。」と菅野さんは当時を振り返ります。

 

*身体補装具:身体障がい者等が装着することにより、失われた身体の一部、あるいは機能を補完するもの。

 

義肢装具の製造販売を行う企業で、義肢装具士として働いていた菅野さん

義肢装具の製造販売を行う企業で、義肢装具士として働いていた菅野さん

 

修行していたオーダーメイドの工房の展示会

修行していたオーダーメイドの工房の展示会

 

機能性とデザイン性を満たした整形医療靴を作ろう

 

専門学校を卒業後、菅野さんは義肢装具の製造販売を行う企業の営業部へ入社。義肢装具士として、大学病院などの担当を務めました。ある時、菅野さんは10代女性の補装具を担当することになりました。
「思春期を迎えた年代の女の子たちは、多感でおしゃれへの関心も高まる時期。補装具を制服の下に装着して登校しなくてはならないのですが、体にとってどんなに必要だと伝えても、『こんな機械のような補装具を、友だちに見られたくない』と言って、身につけるのを嫌がるんです。機能性だけでなく、見た目も重要であることを感じました。」
同様に、整形医療靴において見た目の重要性を感じていました。
「様々な装具の中でも、靴は唯一ファッションの一部になるものです。患者様自身も、自分の足のトラブルには特殊な靴が必要だと理解されていても、市販の靴と整形靴のデザインを比較してしまわれがちです。当時は納品したものの『実は履いていないんだ』と言われたこともありました。」
デザインだけでなく、実は靴に使用する素材や仕様も豊富なことや、それらの選び方で履き心地も変化することを実家の靴工房で知った菅野さん。「整形靴にも様々な選択肢を取り入れられたら良いのではないか。」と思ったと言います。

「機能性とデザイン性を両立させた整形医療靴を作ろう。」 そう決心した菅野さんは、平成26年、勤めていた会社を退職。オーダーメイドの高級靴工房を開いていた兄のもとで、靴づくりを学び始めました。
整形医療靴の製作に取り組み始めた頃、近くの病院から、小児麻痺で左右の足の形が全く異なる患者の方へ製作依頼がありました。患者の方が歩きやすく、また左右のサイズ差がわからないように靴を仕上げると、その方は「初めて両足とも、自分の足にぴったり合った靴を履けた」と大変喜ばれました。しかし処方した医師に適合確認を行ってもらった際、医師から思いもよらない言葉があり、菅野さんは整形医療靴にデザイン性を加味する限界を知ったのです。
「『こんなに見た目良く靴を作ったら、足に障がいを抱えていることがわからない。これは整形医療靴じゃない』と言われました。整形医療靴としての機能は同じでも、見た目にこだわったことで、ファッションを目的とする靴としてとらえられ、処方が取り消されてしまったんです。機能性だけでなくデザイン性を求めたい人、私に作って欲しいと言ってくれる人のために整形医療靴を作ろうと思いました。」

改めて靴づくりへの想いを固めた菅野さんは、整形医療靴のことをもっと広く伝えたいと、大阪市で開催された女性起業家のビジネスプランコンテストに出場。ファイナリストに選ばれ、多くの観衆の前でビジネスプランを発表し、整形医療靴の存在を知らせることができました。同時に、ビジネスとしての有用性も実感。平成28年、足にやさしくおしゃれな整形医療靴の手づくり工房「&MIKI」を立ち上げたのです。

 

&MIKIの店内、製作した整形医療靴がディスプレイされている

&MIKIの店内、製作した整形医療靴がディスプレイされている

 

整形医療靴を製作する菅野さん

整形医療靴を製作する菅野さん

 

脚長差を補正した婦人靴

脚長差を補正した婦人靴

 

履きたい想いをあきらめないで! 医療靴だっておしゃれを楽しむための靴

 

菅野さんの靴づくりは、「どんな靴が好きですか?」と、お客様に尋ねることから始まります。しかし大半の人は、履きたい靴ではなく、履ける靴の中でしか選ぶことができなかったため、「自分の好きな靴がわからない」と言います。また、足の左右のサイズや形、状態が全く異なることから、丁寧なカウンセリングが必要です。履き心地、着脱の簡便さ、デザイン性の高さなど、靴に求めることも違うため、菅野さんは一人ひとりのお客様に寄り添い、しっかりと話を聞くことを大切にしています。それは、新型コロナウイルス感染拡大防止のための外出自粛期間に、一層新たにした想いでもありました。
「外出自粛期間中は県外から来店できないお客様が多かったので、他社メーカーの依頼を受け入れ、送られてきたデータをもとに製作しようと考えたんです。私自身お客様との対応時間がなくなる分、製作に集中できると思いましたし、普段お店までお越しいただくのが難しい方にも、靴を届けられるのではないかと考えていました。でも、履くご本人から直接話を聴かなくては、結局求められている靴がどんなものか分からなかったんです。」 やはりこの店に足を運んでいただき、一人ひとりのお客様と向き合いながら靴を作りたいと、改めて考える一年だったと菅野さんは言います。

そんな菅野さんが、もうひとつ大切にしているのは、障がいの有無にかかわらず、すべての人に同じ技術とサービスを提供することです。
「会社員時代に出会ったあるお客様は、服も化粧品もバッグも老舗百貨店で購入される、おしゃれな方でした。でも『自分の著しく変形した足に合う靴は、大好きな百貨店にはない。』と寂しそうに話されていたんです。」
「履ける靴はほぼないと分かっていても、華やかな百貨店の靴売り場に自分好みの靴が並んでいると、手に取ってしまう。」と話していたお客様の言葉から、菅野さんは見せ方や扱い方を大切にしたいと、自分の店づくりではおしゃれな内装にこだわりました。
「店に靴が並ぶ様子をご覧になったお客様たちが、『こんなおしゃれなお店に置いてもらっているのね』と喜んでくださるので、すごくうれしいんです。整形医療靴でも、履きたいデザインの靴をあきらめてほしくない。何より、障がいを抱える方は、靴以外にも様々な悩みを抱えていらっしゃいます。だから靴だけは、その悩みが一つでも減らせるように安心して任せていただければ。」
そんな菅野さんの想いが、届いた出会いがありました。

 

一人ひとりのお客様に寄り添い、しっかりと話を聞くことを大切にしている

一人ひとりのお客様に寄り添い、しっかりと話を聞くことを大切にしている

 

丁寧なカウンセリングを行い、靴を製作していく

丁寧なカウンセリングを行い、靴を製作していく

 

フィッティングの様子

フィッティングの様子

 

今に一生懸命取り組むことが、未来の靴づくりにつながっていく

 

ある日、20代半ばの男性が、仕事用の靴を求めてやってきました。採寸や打ち合わせで来店するたび、その男性はいつもきまってスウェットの上下を身に着け、カジュアルサンダルを履いていました。
「20数年間、ずっと変わらないスタイルだそうで、おしゃれに全く興味のない方だと思いました。どんな靴がご希望なのか尋ねても『わからない、派手でない靴がいい』とおっしゃるだけだったんです。」
2足目のデザインを決める打ち合わせの日、同伴していた姉に背中を押されて男性が選んだのは、初めての明るい色味のデザインでした。後日、仕上がった靴に男性が足を入れた瞬間、菅野さんは涙が出そうになりました。
「この靴に合う洋服を買いに行きたい!」と、男性が声を弾ませたのです。
「この方は、ファッションに興味がないのではなく、履ける靴がなかったために、洋服も選ぶことができなかったのだと気付きました。『服を買いに行かなきゃね』と、その日同伴されていたご両親と楽しそうに帰路につかれる背中を見送った時、この男性の生きていく世界が今日広がったのだと思いました。履きたい靴をあきらめないことは、生きたい人生もあきらめないことなんです。」
一足一足の整形医療靴から生まれるストーリーを重ねてきた5年間、百人以上のお客様と関わってきた菅野さんは、長く工房を続けていくことが一番の目標だと言います。

「1足目に納品した靴が修理に返ってきた時、『こんな靴を作っていたのか、今はもっと履き心地のいいものを作れる!』と思いました。でも当時の私も一生懸命製作し、自信を持って納品したことに間違いはありませんが、未来の自分から見れば、今の自分が一番下手です。10足目を作っている未来の私が、3足目を作った今の私の靴を下手だと思えるようになるためにも、今目の前にある仕事に一生懸命取り組まなければならないと思っています。ものづくりは、一日一日手を動かしていれば必ず上達します。作り続けてさえいれば、1足目よりも2足目、今日より明日、必ず腕は磨かれます。靴づくりも、その繰り返しだと思うんです。」
人に必要とされることが、人生を豊かにしてくれると話す菅野さん。フィッティングで足を入れた瞬間、「私、こんな靴が履けるんですね!」と喜ぶお客様の姿から、仕事の楽しさを実感できることが一番の幸せだと言います。障がいの有無にかかわらず、本当に履きたい靴を求める人たちが明日に向かう一歩のために、今の自分にできる精一杯の技術と想いを注ぎ続けます。

 

今の自分にできる精一杯の技術と想いを注ぎ、靴づくりに取り組む

今の自分にできる精一杯の技術と想いを注ぎ、靴づくりに取り組む

 

20代半ばの男性に製作した麻痺紳士靴

「20代半ばの男性に製作した麻痺紳士靴

 

 

POWER WORD

「人間万事塞翁が馬」

自営業を営んでいる義父が教えてくれた言葉です。私の仕事そのものを表しているなと思っています。よくできたと思っても、最後に履いていただいたら「ここが痛い」とお客様からご指摘をいただくことがあったり、私としては足先が丸くなりすぎてしまったなと思って納品しても、こんなに幅広く作ってもらえて履きやすいと喜ばれたり。人生もこんな風に、良いことも悪いことも表裏一体で予測できないものです。幸が不幸に転じることもあれば、逆に不幸から幸になることだってあります。
一喜一憂して安易に振り回されず、ありのままを受け入れていくこと。日頃から、地道に一生懸命励んでいる姿を、お客様に見ていただくこと。3歩進んで2歩下がるように、「確実に進む1歩こそ大切」という意味だと受け止めているんです

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