畑の野菜は、もう捨てるな!

すごいすと
2024/02/26
角田大和さん
(35)
兵庫県洲本市
YOKACHORO FOOD BASE(よかちょろフードベース)

個人紹介

角田大和(つのだやまと)35歳。1988年、広島県呉市生まれ。大学で農業の流通を学ぶ傍ら、東京の店舗や企業で現場を経験した後、2013年に丹波市へ移住。レストランの料理長を経て2015年、飲食店「よかちょろ」を独立開業。2020年、拠点を淡路島へ移し缶詰加工所「YOKACHORO FOOD BASE」を南あわじ市で創業後、2022年に洲本市へ移転し加工所兼店舗をオープン。東京や大阪からも買い物客が訪れる人気スポットに成長中。

食材を廃棄させない加工所。それがYOKACHORO FOOD BASEだ。野菜から果物、魚、ジビエまで、年間約80種類もの缶詰や瓶詰商品を、小さな工房で丁寧につくり続ける。「やるしかない状況が揃いまくっていた。」と、スタート時を振り返る角田大和さん。「畑のフードロス」解消を願い、勢いで踏み出した一歩目が、未来へつながる確かな手ごたえに変わっていく日々を語ってもらった。

「農業は、ギャンブルじゃない」

店舗の小窓の向こうに、稲の刈り取りを終えたばかりの田んぼがのぞく。

「2024年6月のリリースを目指して、オリジナルの日本酒をつくります。仕込みを始めたところです。」

角田さんが、楽しそうに教えてくれた。

その田んぼも1年前は、はざ掛け(*)を終えたばかりの稲が台風の影響で散々な目にあった。気候変動が当たり前になりつつある昨今、農作物に被害が出ないことをただ祈るしかないのが現状だ。そうした自然災害だけでなく、流通過程で生まれる規格外作物も合わせると、廃棄される農作物は膨大な量になる。

「このままでは、農業がギャンブルになってしまう。」

心を痛めていた角田さんが取り組んでいるのが、「畑のフードロス」と呼ばれる余剰食材や規格外作物などを、缶詰や瓶詰に加工した商品づくりだ。「食べることが好きなので。」と笑う角田さん。幼い頃から、野菜を身近に感じる生活を送ってきた。

*はざ掛け:刈り取って束ねた稲穂を天日と風で自然乾燥させること

仲間たちが集まり一斉に作業する「はざ掛け」
店の窓からは四季折々の田んぼの景色を楽しめる

気が付けば、料理人になっていた

母親が自然食(*)の料理店や教室を営む様子を目にしてきた角田さん。大学で学んでいた農業の流通を現場で実際に体験しようと、自然栽培の野菜の流通に取り組む企業へ就職。ところが、配属されたのはレストラン事業部。想定外だったが、料理人としての基礎と野菜の目利き力を磨くことができたという。

2013年に丹波市へ移住。知人が営む農家レストランを手伝い始めたが、ここでも任されたのは料理長だった。2年後には、野菜料理を中心に提供する飲食店「よかちょろ」を独立開業。近隣の農家へ自ら仕入れに出かけ、野菜の卸や販売にも取り組んだ。

「東京で培った野菜の目利き力が活きました。植わっている状態や雰囲気、色をパッと見ただけで、中の状態や辛さや苦みといった味も大体わかります。いろいろな農地を観察していること、自分の店で聞いたお客さんの声を届けられることで、農家と楽しくディスカッションができるようになりました。」

そんな生産現場で角田さんは、廃棄せざるを得ない野菜を抱える農家の苦悩を目の当たりにしてきた。

「販売できない野菜を処分するのではなく、付加価値のあるものに変えて売上を確保しなくては。そのためには、缶詰加工しかないかもしれない。」

徐々にそう思い始めた角田さんに、最大の転機が訪れたのは2020年。新型コロナウイルスが猛威を振るったことだった。

*自然食:添加物を使用したり化学的に作られたものを原料に含んだりしない、自然のままの食品

生産者の畑に通い、素材の特性を理解する

一つの商品開発に80通りの試作から始まった

ちょうど、店の移転準備に取り掛かったところだった。淡路島へ移住し、加工事業をゆっくり育てていこうと考えていた。

「営業していた店はすでに閉めてしまい、野菜の出荷先も休業中。イベントも自粛しなくちゃいけない。取り組めることが、加工しか思いつかなかったんです。」

やるなら、今だ――。国からの補助金を活用し加工機械を導入。賞味期限の設定方法さえわからないところから、角田さんは動き始めた。

最初に取り組んだ商品は、トマトの缶詰だった。トマトをミキサーにかけては理想的な形状や割合を確かめながら、つくり続けた試作は80通りにものぼったという。

「潰してジュース状にしたトマトの分量によって、出来上がりが変わりますから。缶詰のレシピは、通常の料理と全く違います。鍋の中でおいしくできあがってしまってはいけないんです。食材を缶に入れて密封した後、殺菌のために缶ごと加熱するのですが、この加熱で料理を完成させる感覚です。」

例えばカレーの缶詰の場合、肉は表面にだけ火を通し、野菜は生のまま缶に入れる。注ぐスープの濃さも工夫しなくてはいけない。缶の加熱殺菌では、温度を1度刻みで変えたり、時間を1分ずつ伸ばしたりするなど、試作にとことん時間をかけた。味にも質にも納得のいく缶詰の完成を目指し、夢中でつくり続けた商品は、気が付けば1年間で100種類にも及んでいた。

手探りでのスタートから3年、缶詰加工の可能性を感じられるようになったと角田さんは言う。

「生鮮では届けられない距離と時間を稼げる商品なので、日本全国にお客さんを広げることができます。旬の時期には生鮮野菜を販売し、オフシーズンは缶詰で収入を得ることも可能です。今まで捨てざるを得なかった余剰野菜も無駄なく商品化できるので、廃棄することに辛さを感じていた生産者の気持ちも楽になると思います。」

さらに角田さんは、小規模農家が無理なく農業を続けていくための仕組みのひとつとして、加工を組み合わせることを考えている。

何度も試行錯誤を繰り返してできあがったトマト缶
缶詰の個性的なパッケージは角田さん自らがデザイン

「野菜の面白さを無くしたくない!」

「農業と加工をセットにできれば、農家の仕事のバリエーションが増えるのではないかと思っています。」

例えば、ハラペーニョ農家がハラペーニョを加工してホットソースを販売したり、大豆農家が豆腐屋を営んだり、クラフトビールの製造販売者が小麦を育てたりする。今まで分かれていた「生産」と「加工」を組み合わせた事業を、形にすることができるかもしれない。

「加工所であるYOKACHORO FOOD BASEが、米や野菜をつくりたい人たちを雇用して生産も始めれば、不得手な販売に取り組むことなく就農できます。お互いがハッピーになれますよね。」

そんな角田さんにとっての“ハッピー”とは、小規模農家が育てるおいしい自然野菜を、おいしく食べられること。大規模農業による均一化された味の野菜ばかりでは、「野菜の面白さが無くなってしまう」と憂う。

「レストランで料理を提供していた頃、野菜嫌いな子どもが、塩ゆでしただけの自然野菜を、保護者が驚くほどパクパク食べていたんです。同じ野菜でも、品種が違えば味も違います。小さい農業のいいところは、固定種や在来種(*)といった、その土地ならではの野菜をつくれること。土地に合ったものなので、イキイキしていて味が濃い。『その人参は苦手でも、この人参は好き』と言うように、野菜にも多様性があっていいと思います。誰もがおいしく食べるために、小規模農家を守りたいんです。」

農家の未来を思い描ける場所にする――。YOKACHORO FOOD BASEは、角田さん自身の未来が詰まった可能性の“缶詰”だ。

*「固定種」とは農家が自家栽培した野菜からとった種を蒔き、育てた中からさらに一番良いものを選んで播種することを、何代も繰り返して受け継がれてきたもの。「在来種」とは自然な育種を繰り返すうちに、その土地の気候風土に適応することで個性的な特長を持つもの。

小規模農家だからこそ生産を続けられる自然野菜を守っていくために
「缶詰加工にはまだまだ可能性が残されている」と角田さん

POWER WORD

あらがわない

「あらがうのは苦手」と笑う角田さん。大切にしているのは、流れに逆らわないことと話す。コロナ禍のピンチを事業の新たな可能性に変えた、角田さんならではの発想と、流れへの「乗り方」を聞いた。

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この記事を書いた⼈
内橋麻衣子