草地陽子さん

人と、自然と、社会と対話する。移住地で実践する“すこやかな暮らし”

すごいすと
2024/10/04
草地陽子さん
(34)
兵庫県南あわじ市
古民家宿と私設図書館「草地家」 代表
草地陽子

個人紹介

草地陽子(くさちようこ)34歳。1990年岡山県倉敷市生まれ。岡山大学大学院社会文化科学研究科前期課程修了。在学中より対話の場づくりや研究を行う。2016年に夫の故郷である南あわじ市に移住し、地域おこし協力隊(*)を経て、古民家一棟貸切宿の「草地家(くさちけ)」をオープン。納屋を私設図書館として開放。読書会をはじめ、「パブリックコメントを書く会」、「読んでみよう〜子ども基本法」など、“話して考える”イベントを多数開催。島の樹を知り、手を加え、循環させていく「島の森づくり」プロジェクトを植物史研究家や美術家らと進める。
*地域おこし協力隊:過疎や高齢化が進む地方に都市部からの人材を受け入れ、地域ブランドの開発やPR等の地域おこし支援、住民支援などの地域協力活動を行いながら、その地域への定住・定着を図る、総務省が所管する取り組み。任期は概ね1年〜3年。

構成:新川和賀子

緑に囲まれた道を抜けてたどり着いた先で、ヤギやニワトリたちが出迎えてくれた。切り出された一枚板の立て看板には「草地家(くさちけ)」の文字。その向こうには薪が積まれた小屋や古民家が見える。ここは何を営む場所なのか。主(あるじ)の草地陽子さんに、島の山中でのなりわいを聞いた。

山深い地の滞在スペースが、なぜ人びとを魅了する?

森の中にポツンとたたずむ築70年近い古民家。あたりに住宅は見えず、鳥のさえずりや風の音が響く。味わいある古民家は一棟貸切宿で、元々の作りを生かしながら職人の力も借り草地さん夫妻自らが手直しした。暖簾をくぐって中に入ると意外なほど明るく、モダンな雰囲気で過ごしやすい。

── キッチンには素敵なタイルがきれいに貼られていますね。元々、お得意だったわけではなく?

ここで初めて挑戦しました。大工さんにも助けていただきながら、壁は自分たちで塗ったり、友人に手伝ってもらったり。床板や梁には地元の松の木が使われていて、自家製の蜜蝋ワックスで磨いています。こまめにメンテナンスが必要だから手間はかかるんですけど。

自然の素材は、自然由来のもので修理する。受け継いだ古い建物を変化させながらも丁寧に守り、生かしていることが伺える。欄間や建具が美しい和室の横には、地元の家具店オリジナルのベッドが並んだ洋室も備えられている。山深いこの地に全国各地や海外からも人びとが訪れ、リピーターの割合が高いそうだ。

草地家
一枚板の看板が案内
築70年近い古民家を中心とした「草地家」
長いリードでつながれたヤギが出迎え。夕方には小屋に帰る
時折鳴き声を上げながら行き来するニワトリたち

宿に隣接する納屋は私設図書館として解放。草地さんが学生時代から集めた本や知人から譲ってもらったものも含め、民俗学や人類学、哲学、写真集や小説、児童書など800冊の蔵書があり、コワーキングスペースとしても利用できる。奥まった読書室で集中するのもよし、屋外に本を持ち出してもよし、子どもは多少賑やかでも楽しんでくれれば構わないとしていて、声を押し殺して静寂を守る公共の図書館とは違うアイデアや考えが浮かんできそうな気さえする。「最近見た夢」を書いたり、本を寄贈したりすると無料で利用できるというこの“なや図書館”は、世界中から集まる“知”や“発想”を取り込んで、自らの選択肢を広げる場として気軽に利用してほしいという草地さんの思いが見える。

ここを訪れる人の理由はさまざまだろうが、自然や動物と戯れながら自由に過ごし、思索にふけることもできることも人が惹きつけられる理由の一つなのだろう。

“なや図書館”は、冬になると薪ストーブが灯る
図書館を利用した人たちが寄せた「最近見た夢」

森から地域を知っていく

── 季節の花がたくさん咲いています。お庭も森も、草地さんの活動拠点だそうですね。

宿や図書館だけじゃなく、周りの山も含めて全部「草地家」なんです。月に一度、森歩きをやっていて、ちょうど古民家の裏手あたりから登っていって。植物史の先生や地元の方々と一緒に、島の樹について知ろうとしています。

淡路島に“森”のイメージは薄かったが、実に島の面積の半分が森林。パワースポットとして知られる「先山」の麓付近に位置する草地家の敷地に立つと、ここが“森の島”であることを実感する。

2024年夏、一冊の本が完成した。―「いっぽんのイヌマキから地域を読み解く」。かつて島で盛んだったミカン栽培の防風林として植えられていた“イヌマキ”の木を1本伐採し、年輪や地域との関連を丹念に調べあげ、アーティストらが木を使った作品も制作した。美術家や植物史の研究家らと共に進める「島の森づくり」プロジェクトの一環で、草地さんは地域の人からの聞き書きを担当。草地家で関連イベントも開き、深く知られることのなかった南あわじの郷土史を浮かび上がらせた。

草地家の裏山で月に一度、森を散策
「いっぽんのイヌマキから地域を読み解く」ポスター。2022年春から秋にかけて調査を行った。
イヌマキの年輪調査

草地さんは、裏山で行っていた日本みつばちの養蜂を切り口に、大阪や岡山でもトークイベントを開催するなど島での暮らしを広く発信する。語るテーマは“自然”や“移住”に留まらない。居住する南あわじ市で条例等が策定される時期には「パブリックコメントを書く会」を開催。新たに「こども基本法」が施行されると、「読んでみよう〜こども基本法」を開き、法律の中身や子どもの権利について議論した。

人と話したり、読んだり、考えたりする時間が好きなんです。それは私にとって世界の“手触り”を一緒にたしかめるような行為。宿を営むのもその一つです。解決するかはわからないけど、話すことや考えることは希望をつくり出すことだと思っています。

抱かれた森も、動物も、移り行く社会も、森羅万象を人と交わり考える。その交差の場所や時間をこの地で生み出し、地方での新たな社会との関わり方を期せずして示してくれている。

近所の福祉施設でも読書会や「パブリックコメントを書く会」を開催する
友人の持ち込み企画で開いた、「眠る場所やひとの夢」に関するイベント

地元のおじいちゃんの教え“お裾分けコミュニケーション”

ヤギ2匹は、たくさん飼っている近所のおじいちゃんが「いらんか?」って言うからいただきました。名前は、“ひよこ”と“パウパトロール”(*人気アニメのタイトル)。4歳の息子が、これにするって譲らなくて。庭の雑草をきれいに食べてくれます。ニワトリたちも、たまたま「もらってくれないか」という話があって、自分たちが食べる卵をどういう手段で得るかということも含めて、これはいいな、ぜひお願いしますって。ちょっとずつやってくるものに乗れるタイミングで毎日を変えてきたら、こうなりました。

草地さんの周りにあるあれこれの背景を聞くと、地域の人たちの姿があふれる。生まれ故郷を離れ、見知らぬ土地で関係を一から築いてきた、その軽やかさの秘密はなんだろう。

地域おこし協力隊に入った時から世話を焼いてくれるおじいちゃんがいて、毎週のように「うちに飲みに来い」とか「魚いるか」とか、よくかまってくれました。「何かもらえる時は断るな、ありがとうって言って受け取れ」って。義理堅い人で、私が何か渡すと倍にして返すんです。そのおじいちゃんだけじゃなく地域の人たちはみんなお裾分けをしていて、中にはお裾分けのために珍しい野菜を育てている人もいて感動しました。まわるまわる、お裾分けのコミュニケーションが関係性を作っていく。私も気持ちを受け取って、また渡していくぞと思いつつ、暮らしています。

移住して丸8年。「住み始めたら楽しくなって、今があります」とおだやかにほほ笑む。

南あわじ市内のアパートから古民家への引越しを近所の人たちが気にかけてくれ、引越しパーティを開くことに。お酒やごちそうを抱えて集まった
浮いてきてしまった古い床板を剥がして修繕する作業をもイベント化した

すこやかでいるために、人と語り、ゆれていたい

── 草地さんを見ていると、地域おこし協力隊をやりにきたわけじゃない、宿を経営したいでもない、ヤギを飼いたいわけでもない。これらは手段としてあるのでしょうか。

好きなこととかやりたいことはいろいろとありますが、それをやるためというよりは「すこやかに暮らしたい」んだと思います。私自身がしんどくない、すこやかでいられることを基準に選んできました。そのために、人と何か話したり考えたりしているのが大切で。だけど、一つの価値観になってしまうことには忌避感を持っているし、ゆれていたい。今はこれを選んでいるけれど未来はそうじゃないかもしれないって思っておくことで、生きやすくもなるんです。今の私の働き方や暮らしが、出会う子どもたちにとって「大人になるっていいな」と思ってもらえる人になれたら。それがまわりまわって良い地域、良い社会になるといいなと思っています。

柔らかなたたずまいと語り口の中に意志が宿る。イヌマキや森の木々たちのように、草地さんの発信は静かに、だけどたしかに地域に根付いていくのだろう。

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