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あらゆる生命と思いやりを循環させたい!
誰もが生きやすい共生社会を目指して
あらゆる生命と思いやりを循環させたい!
誰もが生きやすい共生社会を目指して
「大量生産・大量消費に慣れきった私たちが忘れかけている、生命の循環にもう一度気付こう!」地球上の人や動物、植物など、あらゆる生命が“くるり”と循環する社会づくりへの想いを名前に込め、三田市を中心に活動を続ける環境循環団体「くるり」(以下、「くるり」)。循環型社会(*)の実現を通じ、「誰もが生きやすさを感じられる社会をつくりたい」と語る、代表の森蓮音(れんね)さん。目指しているのは、人や自然、ものだけではなく、やさしさや思いやりも循環させること。さらに、そんな循環から生まれる心地よさを、伝えつなぐ人であふれる社会をつくること。子どもから高齢者まであらゆる世代の人たちと、様々な活動に取り組んでいる。
*循環型社会: 廃棄物(ゴミ) の発生を抑え、できる限り有効活用することで、天然資源の消費を抑制し環境への負荷を減らそうとする社会
【環境循環団体くるり】
令和3年4月、関西学院大学教育学部に通う、当時大学3年生の森蓮音さん(代表) と藤本紗理奈さん(副代表)が、「循環」と「共生」をテーマに、地域の環境保全や環境教育に取り組む地域団体として立ち上げ。森さんが生まれ育った三田市を拠点に、ビオトープの再生や竹林整備、竹材の有効活用としての竹炭パウダーの販売、さらには、スーパーで売れ残った食材を使った地域食堂の運営など、様々な活動を展開している。
環境を守る大切さに、みんなで気付こう
「きっかけは、高校生の時、ニュージーランドへの留学中に増えてしまった体重を戻すため、ヴィーガン(*)に取り組むようになったことでした。」
シンプルな食生活に取り組む中で、食事も環境問題に影響することを知った森さん。廃棄物をはじめ地球温暖化や水不足、貧困などを学ぶうち、「できるだけゴミを出さない」「プラスチック製品の使用を減らす」「生ゴミのコンポスト(*)化を行う」といった生活を始めるようになった。
大学へ進学し2年生になった令和2年、新型コロナウイルスが発生。感染拡大の影響で、授業がすべてオンラインになり、予定していた途上国へのボランティア留学も中止になってしまった。
「パソコンに向かうだけの毎日でも、何かできることはないだろうか。」と考えた森さんは、同じように留学が延期になってしまった同級生の藤本さんに相談。関心を寄せている「環境」と大学で学んでいる「教育」を取り入れた活動を始めようと、二人で「くるり」を立ち上げた。
「『プラスチックを減らそう』『地球にやさしい生活をしよう』と言っても、言葉だけでは届かない。直接自然に触れる活動をすることで、環境問題への意識が芽生えるのではないか。」と考えた森さんは、子どもたちが好きな虫や生き物に注目。手で触れ、観察することを通して、環境について学べるビオトープを、地元の三田市で始めることにした。
*ヴィーガン: 動物性由来の食材を使った食べ物を取り入れず、野菜や果物を中心とした食生活を送るライフスタイル
*コンポスト: 枯葉や生ゴミなどの有機物を分解・発酵させて作った堆肥のこと
ビオトープに学んだ「手を動かせば地域が変わる!」
ビオトープを始めるにあたり、森さんが相談したのが、知人の紹介で知り合った廣谷龍児さん。グラフィックデザイナーとして働きながら、三田市の地域団体「草源舎」の代表として、里山整備や竹林整備、草刈りなど様々な活動に取り組んでいる廣谷さんの頭に浮かんだのは、三田市の公園で管理が行き届かず放置されていたビオトープだった。相談した市議会議員と共に、廣谷さんが市に掛け合って作業の許可を取り付け、ビオトープの再生活動に取り掛かった。
令和3年4月に開催した1回目の活動は、ビオトープの掃除から始まった。15名の参加者と共に溜まった落ち葉を取り除き、泥を掻き出す作業に取り組んだ結果、涸れ果てていた水路に水が流れ始めた。様々な生き物の存在も確認でき、活動への手応えをつかんだ森さん。現在は、毎月第2日曜を「ビオトープの日」と設定し、水路の管理や生き物観察などに取り組み続けている。
「どんどん落ち葉は溜まるし、すぐに草が生えます。泥も掻き出さなくてはいけないので作業は大変ですが、全く水のなかった水路を水が流れ、生き物もやって来るようになりました。誰かが手を動かせば、その場所や地域が良くなるんだと実感できたことは、大きな気付きでした。」と森さんは話す。
そんなビオトープの活動では、人と関わるきっかけが生まれたり、参加者同士が仲良くなることも魅力の一つになっている。「虫や鳥が好きな人もいれば、巣箱を作ってきてくれる人もいます。集めた落ち葉を腐葉土にして、農業に活かしたい人もやって来ます。」と廣谷さんも楽しそうだ。
森さんは「今後は、もっと子どもたち主体でビオトープの環境づくりを進めたいと思っています。どんな木や植物があれば出会いたい生き物がやって来るのか、子どもたちと話し合います。」と話す。
そんなビオトープに加え、森さんがさらに興味を惹かれたのが、廣谷さんが取り組む竹林整備だった。
地域課題の竹林が、人との出会いを運んでくれる
竹は古来、日本人にとって身近な資源として活用されてきたが、近年では、放置竹林が全国的な地域課題の一つとして挙げられている。三田市でも整備を担う人たちの高齢化などにより、成長を終えた竹の伐採ができない竹林が増え、自然環境の荒廃が懸念されている。そうした課題の解消を目指して廣谷さんが取り組む竹林整備に、森さんも参加するようになった。
伐採した竹を農業用のチップなどに加工する作業を手伝ううち、竹林が引き起こす環境問題への理解を広めるため、もっと竹を利用したいと思うようになった森さん。
竹炭の材料加工や、竹コンポスト、おもちゃ、ひな人形づくりなど、竹を使ったワークショップや製品づくりに取り組む一方、知人のアドバイスを受け、竹炭を食用パウダーに加工して販売することを思いついた。廣谷さんがオリジナルラベルを作成し、三田市内の自然食品店の店頭やイベントなどで販売している。
こうした地域活動に取り組む良さは、成果が具体的に目に見えることで活動が広がり、地域内につながりが育まれていくことだと言う森さん。
「ビオトープが生まれ変わったり、竹林が美しく整ったりすることで変化した実感がわきます。達成感も生まれやすいため関わる人の数も自然と増え、活動の広がりを感じることができます。」
活動を続けるうち、子どもを連れて訪れるようになった父親や、家族ぐるみで参加するようになった人たちなど、様々な世代の人たちが集うようになった。中には、自らが勤務する校内の竹林を整備し始めた高校教諭もいる。
「いろいろな人と出会えたおかげで、新しく取り組んでみたいことができると『私も手伝えるよ』『それはここへ相談に行ったらいいよ』と、協力してくれる人がたくさん現れました。やってみたいと思ったことが、何でもできそうなネットワークが生まれたことは、すごいことだと思っています。地域団体の良さは、様々な職種の専門家が周りにいること。しかも、皆さんが自然とつながっていくのがありがたいです。」
そんなつながりから実現した活動が、「さんだ地域食堂」だ。
地域食堂を始めたら、もう一つ地域食堂が生まれた!
「さんだ地域食堂」とは、毎月一回、三田市内のスーパーで売れ残った食材をもらい受け、定食をつくってふるまう活動だ。森さんと「さんだオーガニックアクション(*)」
のメンバーが中心となり、ご飯と味噌汁、小皿10皿分のおかずを一食分として提供。食べる人自らの申告によって料金が決まる募金制で運営している。
「海外では、自分が払える料金だけで利用できる食堂が、身近にあると聞きました。そんな活動ができたらいいなと思っていたんです。」
そんな森さんの想いに呼応するように、「デイサービスのスペースで、地域に開放したカフェを始めたい」と、NPO法人の担当者に声を掛けられ、食材を提供してくれるスーパー2軒も紹介された。「やってみたいこと」を後押ししてくれる人たちと力を合わせ、令和3年11月から活動をスタートさせている。
地域食堂を始めて森さんが驚いたのは、廃棄される食材の多さだった。食堂を開く前日に一度、2軒のスーパーへ行くだけで、30人~40人のお腹を満たす以上の食材が集まるという。
「廃棄される食材を消費することは、フードロス問題の解消につながります。また、食堂を地域に開放していることで様々な人とつながり、私たちの地域食堂を利用された方で、自ら地域食堂を始めた人もいらっしゃいます。『くるり』が食堂を月2回開くのは難しいけれど、誰かが開いてくれるなら私たちが月2回開くのと同じこと。毎日どこかで、地域食堂が開かれるようになったらいいねと話をしています。」と森さん。
こうした様々な「くるり」の活動は、教育現場へも広がりを見せている。
*さんだオーガニックアクション: 健康な食と持続可能な農業を未来の三田市に残したいと、オーガニック給食の普及などを目指して活動している市民団体
子どもたちへの環境教育は、楽しく遊ぶこと
ごみを減らす意識と行動に変化を起こすきっかけづくりとして、ゲームを通して楽しく遊びながら学ぶ「ごみゼロカードゲーム」。「腐ったリンゴ」「穴の空いた服」「たばこの吸い殻」「使用済みの割りばし」など、日常生活でゴミとして扱われるものが記載されたカードをめくり、めくったカードに書かれているものを、どうやってゴミにせず救い出すかを話し合うゲームだ。
小学校から依頼を受け、5年生100人を対象に開催したり、「くるり」独自でワークショップを開いたりするなど、少しずつ環境教育が地域にも浸透し始めている。
そんなカードゲームを使ったワークショップに一緒に取り組むのが、資源循環に携わる奥野光久さんだ。
「森さんと一緒に開催した子ども向けのワークショップでは、子どもたちが楽しくイキイキと、環境について学んでいる様子を目にすることができました。私が開催する際の対象は高校生や社会人が中心ですが、大人であっても、楽しさを前面に出せばいいんだと、新しい角度からの発見がありました。」と話す。
ゲームに参加した子どもたちは、学んだことを素直に実践する。
「帰宅後、ゴミについて家族で話し合ったり、ゴミを増やさないように工夫したり、公園へ遊びに出かけるたびにゴミを拾って帰るそうです。学んだことを生活に取り入れ、継続的に取り組んでくれることが本当にうれしい。」と喜ぶ森さん。
そんな森さんの姿から、廣谷さんは「やはり継続は力だな」と実感すると話す。
小さな取組の継続こそ、活動の大きな成果になる
「大学時代の思い出づくりとして、地域活動に取り組む学生も少なくないなか、森さんはビオトープの再生活動にも竹林整備にも、地に足をつけてコツコツと取り組み続けています。素晴らしいと思っているんです。」と言う廣谷さんに、森さんは「学生時代に取り組んだだけで、環境問題が解消されるわけではない。それだけでは一生住める地球にもならないから。」と、きっぱりと答える。
「環境問題が少しでも解消され、ずっと住み続けられる地球であってほしくて始めた活動です。長い目で見なくてはいけない課題なので、自分にできることを続けていたいだけなんです。大切なことは、今まで環境問題に興味がなかった人に意識するきっかけが生まれ、一人ひとりが小さな取組を続けること。それこそが大きな成果だと思うんです。」
そんなきっかけを届けるため、森さんが心がけているのは、「くるり」の活動が「環境にいい」と伝えることだけでなく、「人と出会うきっかけになる」「みんなで取り組むと楽しい」と、面白さを届けることだ。
それを受け取った一人が、まりさん。知人に誘われて参加した「ごみゼロカードゲーム」で「くるり」と出会い、3人の子どもたちと活動に参加するうち、自分にできることをしようと思うようになった。
「私にできることは、伝えていくこと。もともと趣味だった古着のリメイクが、環境問題の解消につながると気づき、ワークショップを始めました。端切れを使ってキーホルダーやタッセル、ペンケースを作ったりするのですが、なかにはワークショップに参加できなかったとしても、『次の機会に参加する時のために』といって、古着を処分しなくなった人も現れています。」
そうした小さな変化を見聞きするたび、「活動を続けてきてよかったと思う」と言う森さん。
「私が自分のタンブラーでコーヒーをテイクアウトする様子を見て、タンブラーを使い出した友だちや、ラップフィルムに包んでいたおにぎりを、お弁当箱に詰めるようになった友だちもいます。そうしなくてはいけないからではなく、それが心の豊かさを感じる生活だと気づき、楽しみながら行動を変えているんです。ちょっとした意識の変化を見た時、本当に良かったなと思います。」
そんな活動を続ける上で、森さんには大切にしていることが2つある。
どんな境遇の人にも、届けたいのは楽しい居場所
ひとつは、「視点を変える」ことだ。
「竹林整備を通じて、見方を変えると竹は『害』になることばかりではなく、面白い製品になることがわかりました。同じように、洋服も着なくなれば自分にとってはゴミですが、他人にとっては『着たい』と思われるものかもしれません。リメイクすれば新しいものとして、再使用できるようにもなります。視点を変えるだけで結果が変わることが、環境問題の面白さだと感じます。」
活動に参加する人たちにも、「こんな視点もあるんだ」と気付いてほしいと話す。
そしてもうひとつが、どんなことも「強制しない」ことだ。
「生き方を強制されない空間づくりが理想です。環境整備は、周囲の人が楽しく活動したり、癒されるための場をつくる道具。活動を通じて、一番大切にしたいのは『人』です。いろいろな境遇の人にとって、『くるり』が新しい居場所になることも、活動に取り組む一つの意味。自らが『行きたい』と思える場所へ行くうちに楽しくなり、活動に参加することで地域も良くなっていく。そして気付いたら、環境問題の解消にも関わっていた。そんな『くるり』でありたいんです。」と森さん。
「くるり」の周囲に生まれ始めた、地域を想う気持ちの小さな循環。いつかそれが、まちも人も巻き込む大きな思いやりの輪になる日を目指し、みんなと手を取り合いながら「くるり」は進んでゆく。
(取材日 令和4年9月16 日)