自分の身体が教えてくれた、自分の生きる場所

すごいすと
2026/06/30
神山華さん
(28)
兵庫県豊岡市
城崎温泉ユニバーサルツーリズムコーディネーター
個人紹介

1998年東京生まれ、大阪府豊中市育ち。20歳のときに脳出血を起こし、左上半身麻痺を発症。リハビリ後に麻痺は改善したものの、退院から1年半後に麻痺していた部分の視床痛が悪化する。ストレス解消により痛みをコントロールしようと登山に挑戦したのをきっかけに、「自然の中で身体を動かす」活動に興味を持ち埼玉県・長瀞のSUPガイドに。その後、ユニバーサルツーリズムを展開する但馬地域の団体とつながり、豊岡に移住。現在は城崎温泉で障害のある人と地元の観光スポットをつなぐコーディネーターとして、旅プランのサポートやユニバーサルマップの作成などに携わる。

“障害”という、人生の新しい『オプション』

“障害”とひと口に言っても、種類や状況はさまざまだ。生まれつきの障害だけでなく、事故や病気などによるもの、加齢によるものなど、千差万別。しかし自分や身近な家族・友人に障害がないと、なぜか「他人ごと」になってしまうことも多い。2024年にデュアルスキーの体験会に訪れたことをきっかけに関東から城崎温泉へ移住し、現在はユニバーサルツーリズムのコーディネーターとして温泉街を駆け回る神山さんも、実はその一人だった。

高校卒業後、イギリスでの大学進学を夢見て都内のブリティッシュパブで懸命に働いていた神山さん。体の異変に気づいたのは渡英を2ヶ月後に控えた、2018年7月のことだった。「その日は朝から食欲がなく、夏バテかな?と思いながら筋トレをしていたんです。すると突然頭の中で“パーン”という花火のような破裂音が聞こえて。その瞬間、左上半身が重力に負けたように床に打ち付けられ、左半身が動かなくなったんです。脳出血でした」。

幸いにもリハビリによって歩けるまでに回復し退院したものの、自宅に帰ると「以前は当たり前にできていたことができない」現実を目の当たりにする。歩いて数分のスーパーに買い物に行けない、利き手の左手で包丁を握っても力が入らない。「それまで自分ごととして考えたことのなかった“障害”という『オプション』が自分の人生にプラスされたんだ、と現実を突きつけられた瞬間でした」と神山さんは当時を振り返る。

現実を受け入れる。前に進むには、まずそこから

脳出血を発症したのは20歳の誕生日から1ヶ月も経っていないタイミングだった。同学年の友人が「これから何をしよう?」「将来は何になろうかな」と希望と期待でいっぱいの中、障害という『オプション』によって自分の選択肢がすべて絶たれたような気がした。「なぜ自分だけが」と塞ぎ込む日々で、悔しさを吐露した神山さんを変えたのは父親のひと言だった。

「でもな、華。現実を受け入れないと前に進むことはできないよ」

ハッとした。「病気にならなければ」「自分でなければ」と、変えられない現実をどうにか変えたいと願っていたことに気がついた。「現実を受け入れると、不思議と人は“変えられること”に注目できるようになる」と話す神山さんは、父親の言葉で自分に障害がある現実を受け入れ、家事や散歩などをリハビリと捉え積極的に行うようになる。すると、少しずつ体が動くようになった。体が動くと心に余裕が生まれ、将来を考える気力が湧いてきた。やっぱり留学に行きたい、そう思えるまでに。身体と心はつながっている、と感じた原体験になった。

退院後の神山さん。外出ができるようになり、再び渡英の夢へと気持ちが向かい始めた

退院から1年後、主治医にも後押しされて渡英したもののコロナ禍のため帰国を余儀なくされた。現地の授業をオンラインで受けていたところ、視床痛(※)が急激に悪化。体を動かすのも辛くなり心が弱っていく中、父の言葉が再び支えになった。「よし、現実を受け入れてやろうじゃないか!と“痛み”について勉強を始めたら、痛みを引き起こすのは肉体的な原因と心理的な原因の2つあるとわかったんです。肉体的な原因は自分ではどうしようもないから、心理的な痛みを取り除くために何かやろう、とストレス対策でもともと好きだった登山に出かけたんですよね」。これが神山さんの人生を大きく動かすきっかけとなる。

※視床痛とは…脳の「視床」という部位が損傷したことで起こる神経の痛み。強い痛みを伴い、日常生活の質に大きく影響する。

仲間と登った山では、不思議と痛みを感じなかった。「身体と心はつながっている」と確信を得た。自然の中で体を動かす時間は、自分の幸福度を上げてくれる――自分と同じ障害がある人、あるいはもっと障害の程度が重い人にも、自然の中でのアクティビティを提供することができないか?そんな思いが生まれ、障害の有無に関わらず誰もが楽しめるアウトドア体験を提供する但馬地域の団体とつながった。「一度体験会に参加してみよう」と、豊岡へ。まさかこの時は移住することになるとは思っていなかった。

湯治が癒すのは「体」だけじゃない。「心」もだった

体験に訪れたのは、座ったまま楽しめるデュアルスキー。スキー場でアルバイトをしながら1〜2ヶ月過ごすうち、豊岡の多様性にあふれる自然環境が大好きになった。豊かな自然が育む食べ物の美味しさに感動した。そして、城崎温泉にある薬師堂の住職から聞いた話が神山さんの胸に残ったという。

二人一組で行うデュアルスキー。障害のある人も座ったままで銀世界を楽しめる

「城崎温泉には、昔から多くの人が病気や怪我を治す湯治に訪れていました。薬師堂に伝わる絵巻には怪我をした人をおぶって湯を巡る人、杖をついて歩く人の姿が描かれているんです。実際に、足の不自由な人が手で歩くために使っていた“手下駄”や、足腰の悪い人が体重を預けるようにして使っていたらしい摩耗で小さくなった杖などが残されているんです。それを見たときに、城崎温泉が持つどんな人をも迎え入れる『懐の広さ』や、体だけでなく心も回復させて次に向かう力を与えてくれる『あたたかさ』を感じました。それが、城崎温泉でユニバーサルツーリズムを行う意味があると決意した理由です」と神山さんは当時を振り返る。

薬師堂に伝わる絵巻。おぶわれている人や杖をついて歩く人など江戸中期の城崎温泉の様子が描かれている

2024年6月に移住し、同年10月に城崎温泉でユニバーサルツーリズムの事業を開始。観光案内所に事務所を構え、電動車椅子の貸出しや車椅子でも入れる飲食店の紹介、バリアフリーマップの作成などを行ってきた。2025年にモニターツアーでユニバーサルツーリズムが持つ「意味」を確かなものにした、と神山さんは語る。

車椅子で利用できる外湯やトイレ、段差や坂道の状況について記載されたバリアフリーマップ

「モニターツアーに参加してくれたのは、20代の小児麻痺の方でした。生まれつきの障害で体が自由に動かせず、年齢を重ねるにつれてどんどん体は動かしづらくなります。今回のツアーでは入浴介助の前に、近隣の農園でのさつまいも掘りの体験も実施したのですが、バギーに体を預けたままだとうまく芋を引き抜く力が入らないんですよね。すると『地面に下ろしてほしい』と本人から希望があり、持っていたレジャーシートを敷いて地面に半分横たわるような形で芋掘りをしてもらうことに。土まみれになったけれど、思い切り楽しんでくれました。温泉での入浴介助が終わった後、『自分の可能性を広げる体験だった!』という言葉をいただいて。身体だけじゃなくて心をも元気にする、これこそが本当の湯治だ!とグッときたのを覚えています」

身体と身体で向き合えば叶う、“ノーボーダー”なまち

ユニバーサルツアーを企画・提供する傍ら、神山さんはまちづくりにも積極的に関わっている。2036年までに予定されている城崎温泉の歩行者天国化に向け、まちづくりプロジェクトも進行中。障害のある人が過ごしやすいまちは、高齢者や子ども連れをはじめ、あらゆる人が滞在しやすい・住みやすいまちになり、防災面でもメリットがあるという。

移住から2年。現在は城崎温泉でさまざまな活動に携わる神山さんだが、移住当初は地元の人とのつながりがほとんどなかったという。ところがオフィスを構える観光案内所に入れ替わり立ち替わりで地元の人が次々と訪れ、自然とつながりが広がっていった。あっという間に“地元の一員”になった神山さんが心がけていることがある。それが「リアルなコミュニケーション」だ。

「老舗旅館の若旦那やそこで働くスタッフの方々、雑貨店やカフェを経営する若手の店主など城崎温泉で働く若い世代がつながる“YUNOKO”という団体を立ち上げ、合同入社式や季節行事を企画・運営しています。どの活動も街中での立ち話や会合での打ち合わせ、カフェでのちょっとした雑談から生まれたものばかり。このまちの規模感だと電話やオンラインではなく、話したいことがあったら『じゃあ、そっちに行くわ』で会うのが当たり前なんですよね。リアルに会って話すと、声のトーン・振る舞い・漂う雰囲気を直に感じることができ、それが新しいアイデアに結びついている気がします」

城崎温泉で働く若い世代の“ヨコのつながり”を生み出そうと立ち上げた団体「YUNOKO」。神山さんが主要メンバーとしてイベントの企画・運営を行う

“身体は正直だ”――神山さんは強調する。無理をしていたら視床痛が強くなり休むタイミングを教えてくれる。身体が元気になると、心も元気になってくる。身体と身体で向き合って行うコミュニケーションで深く理解し合う。「もう二度と脳出血になりたいとは思いませんが、障害があるという新しい自分の『オプション』が、現実を受け入れ課題を見つけて、解決策を考えるという“生き方”のきっかけになったのは間違いありません。自分の人生を楽しみつくす原動力になっています」と話す神山さん。身体が導いてくれた先に、自分の居場所があった。城崎温泉で今日も神山さんは自分の身体と対話をしながら、誰もが楽しめる“ノーボーダー”な城崎温泉の新しい形を模索し続けている。

取材・文 おきゆきこ

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